【当事者の声】薬剤耐性結核と AMR における患者アドボカシーの役割(2026年9月4日)

ブシシウェ・ベコ氏
患者アドボケイト
AMRアライアンス・ジャパン(事務局:日本医療政策機構)では、薬剤耐性対策の政策推進に向けて、国内外の薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)の患者・当事者と共に活動してきました。活動の一環として、2021年からAMR対策に関わる患者・当事者や市民の声を集めています。今回は、ブシシウェ・ベコ氏に、2006年に多剤耐性結核(MDR-TB: Multidrug-resistant Tuberculosis)と診断された際の経験を伺いました。当時、ベコ氏は妊娠中でHIV陽性でもあり、彼女のような人を支える仕組みはほとんど存在していませんでした。そこで、自身の治療を終えた後、薬剤耐性結核を抱える患者のためのカウンセラーとなりました。現在は患者アドボケイトとして、患者のエンパワメント、家族の参画、コミュニティによる支援に根差した結核アドボカシーの実現に取り組んでいます。
目次:
(1)経験を通じてスティグマを理解する
(2)家族とコミュニティを中心に据えたカウンセリング
(3)アドボカシー、社会実装、そして患者の声
(1)経験を通じてスティグマを理解する
私は2006年に薬剤耐性結核と診断されました。薬剤感受性結核に対する治療を一通り受けたものの、それでは感染を治しきることができなかったためです。これは本当に不運なことでした。当時はまだ薬剤耐性結核に対するタブー意識やスティグマが残っており、支援は一切ありませんでした。カウンセリングもなければ、患者団体もありませんでした。そもそも私自身、薬剤耐性結核が何なのかすら知りませんでした。
当時の国の方針では、薬剤耐性結核と診断された人は入院が義務付けられており、入院先の多くは自宅から遠く離れた場所にありました。病床は不足しており、患者は長い間空きを待たなければならず、その間は治療を受けられないこともありました。治療を終える前に病院を離れた患者については、そのことが全国放送のテレビで報じられ、患者を診療所に連れ戻すか警察署に通報するよう市民に呼びかけがなされました。これではまるで犯罪者のように見られてしまいます。こうして人々は身を隠すようになったのです。
スティグマは他者から向けられるものだけではありませんでした。コミュニティから何かを言われるよりも前に、私は自分で自分にスティグマを向けていました。妊娠していて、HIV陽性で、さらに薬剤耐性結核でした。自分は「清潔でない」存在で、周囲に病気を広げてしまうのではないかと感じていました。自尊心はすっかり失われていました。
診療所の設計も、その孤立感を一層強めるものでした。結核用の部屋は他の区域から切り離されているため、そちら側に入った時点で、結核であることが周囲に分かってしまいます。私はマスクを着けなければならないのに他の人は着けておらず、「どうしてあの人はマスクをしているのか」とささやかれました。コミュニティが声に出してそう言うよりも前に、私はすでに同じ言葉を自分自身に投げかけていたのです。
(2)家族とコミュニティを中心に据えたカウンセリング
まず取り組まなければならないのは、スティグマと闘うことです。薬剤耐性結核になると感染力がより強くなる、あるいは治療を途中でやめたに違いない、と信じられています。医療従事者の中にも同じように考えている人がいます。私たちはこの認識を変えようとしています。
この働きかけの多くは、薬剤耐性結核の患者向けに組み立てられたカウンセリングを通じて行われます。カウンセリングは、患者が自らの苛立ちを言葉にし、治療の妨げになっているものは何かを見極める場となります。患者が病気を抱えているからといって、その人自身が病気なのではありません。医療従事者は腰を据えて耳を傾ける必要があります。どんな困難があるのか。何が障壁になっているのか。どこに苛立ちを感じているのか。
こうした支援には、家族も含めなければなりません。患者だけに焦点を当てれば、情報を家庭に伝える責任を患者一人に負わせることになります。しかし、スティグマのために、診断を家族に打ち明けられない患者もいます。また、打ち明けたとしても、家族からは患者自身には答えられない質問が返ってきます。カウンセリングの場に家族が加わることで、なぜ家族自身が検査を受け、予防的な治療を受ける必要があるのかを、より深く理解できるようになります。
同様の課題は、接触者のスクリーニングでも生じます。濃厚接触者として特定されても、まだ発症していないという理由で予防的な治療が拒まれる場合があります。カウンセリングを通じて、症状が現れる前に予防的な治療を受けることがなぜ重要なのかを説明しています。
(3)アドボカシー、社会実装、そして患者の声
この活動の多くを支えているのがピアサポートです。深刻な心理的・社会的困難に直面している患者もいますが、当事者同士が集まることで互いを支え合い、治療の完遂を後押しし合うことができます。治療をやり遂げた人の存在は、治癒できるという希望をとうに失ってしまった患者にとって、それが可能であることの何よりの証となります。
また、アドボカシーを牽引すべきなのは患者自身です。その道のりを実際に歩んできたのは患者にほかなりません。患者は何が起きるのかを分かっていて、どこに困難があるのかも知っているからこそ、最も効果的に働きかけることができるのです。
そのなかで、私が今なお課題だと感じているのは、アドボカシーと実際の医療の間にあるギャップです。私たちがアドボカシーを担う一方で、治療薬が実際に供給され、患者の手元にまで届く状態にあることを確かめる人が欠かせません。
薬剤耐性菌に関する症例報告
■第1回「キャンディン系抗真菌薬をブレイクスルーした播種性糸状菌感染症」
冲中 敬二(国立がん研究センター東病院・総合内科、中央病院・造血幹細胞移植科(併任)、感染制御室室長)
■第2回「耐性菌の影響は生まれたばかりの乳児にも!耐性菌による尿路感染症の生後5か月男児」
笠井正志(兵庫県立こども病院 感染症内科 部長)
大竹正悟(兵庫県立こども病院感染症内科 フェロー)
■第3回「カンジダ血症ではルーチンの眼科的精査が必要!」
植田 貴史(兵庫医科大学病院 感染制御部)
■第4回「MRSA感染症治療における適正使用の重要性。リファンピシン単剤治療による耐性誘導に注意。」
茂見 茜里(鹿児島大学病院 薬剤部/感染制御部)
■第5回「ピペラシリン/タゾバクタムとバンコマイシンの併用により腎障害発現リスクが上昇」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第6回「リネゾリドの血中濃度モニタリングにより血小板減少を回避-難治性化膿性椎体椎間板炎でリネゾリドの長期投与が可能となり治療が奏功-」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第7回 当事者の声「薬剤耐性菌の問題に関心をもち、抗菌薬の適切な使用を推進する医療従事者が増えることを願っています」
伊東 幸子(AMRアライアンス・ジャパン サポーター/肺NTM(Nontuberculous Mycobacteria:非結核性抗酸菌)症 当事者)
■第8回 「安全性だけではないTDMの活用法 ~有効性確保のためにできること~」
桝田 浩司(学校法人国際医療福祉大学成田病院 薬剤部 副主任)
池田 賢二(国際医療福祉大学 成田病院薬剤部責任者/薬学部准教授)
■第9回 当事者の声「眼科疾患と薬剤耐性の経験」
丸山 純一(元 駐セルビア日本大使)
■第10回 当事者の声「紛争地域における薬剤耐性対策:ガザ地区での診療から見た紛争地域における薬剤耐性対策の課題と新たな視点」
鵜川 竜也(国境なき医師団 医師)
■第11回 当事者の声「リンパ腫、敗血症の経験から考える薬剤耐性と患者アドボカシー」
クリスティン・モルヴェン(オスロ大学病院 医師)
■第12回 当事者の声「新生児医療と薬剤耐性(AMR)対策をつなぐ」
ペルニラ・レンホルム(ちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクル 創設者)
■第13回 「敗血症と薬剤耐性(AMR)対策の統合に向けて」
トーマス・ヘイマン(セプシス・アライアンス代表兼最高経営責任者)
シンディ・ホウ(セプシス・アライアンス最高医療責任者・理事)
