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【当事者の声】薬剤耐性 伊東幸子氏 非結核性抗酸菌症(2022年3月18日)

      

薬剤耐性菌の問題に関心をもち、
抗菌薬の適切な使用を推進する医療従事者が増えることを
願っています

伊東 幸子氏

AMRアライアンス・ジャパン サポーター
肺NTM(Nontuberculous Mycobacteria:非結核性抗酸菌)症 当事者


AMRアライアンスジャパン(事務局:日本医療政策機構)ではこれまで医療者向けに症例報告プロジェクトを実施してきました。今回は、肺NTM症の当事者である伊東幸子氏より、クラリスロマイシンの単剤投与により耐性誘導され、結果として非常に長い闘病生活を送ることとなってしまった体験と抗菌薬の適正使用の大切さを語っていただきました。

目次:

(1)肺NTM症の発症と薬剤療法に苦悩した初めの6年間
-2004年~2009年:発症、増悪、治療開始
-2009年~2010年:多剤併用療法への挑戦と副作用に苦しみ、転院

(2)改善しない症状への不安と医療への不信感
-2011年~2015年:改善しない症状に悩まされる~不信感を抱く
-2015年:喀血・転院

(3)たどり着いた治療と繰り返される菌交代との闘いの日々
-2016年~2017年 クラリスロマイシン耐性菌が発覚、多剤併用療法を開始
-その後:耐性菌陰性化と2度の菌交代と現在

(4)治療との共存とこの先、医療者に期待すること肺NTM症の治療記録

肺NTM症の治療記録:

(1)肺NTM症の発症と薬剤療法に苦悩した初めの6年

2004年~2009年:発症、増悪、治療開始
2004年39歳の時にいつものように健康診断を受けました。後日、例年は結果が手紙で通知されるだけなのですが、今回は精密検査が必要という電話がかかってきました。すぐに病院を受診したところ「肺がんではないが非結核性抗酸菌症の疑いがある」と医師の話を聞き、初めて聞く病名に戸惑いましたし、当時は予後が良くない、治す薬がない、などと言われ、不安を持ちました。連日ネット検索をしましたが、情報も少ない状況でした。
こうした状況の中、A病院で気管支鏡検査等の結果、アビウム菌陽性(ガフキー8号)となり肺MAC(Mycobacterium avium complex)症と確定診断があったのが、2005年でしたが、当時は自覚症状がなかったため経過観察となり定期的にレントゲン検査や喀痰検査、血液検査をすることとなりました。
2007年42歳の時、体調を崩し咳・痰がひどく呼吸も苦しいことから予約外受診をして、クラリスロマイシンという抗菌薬を単剤で1日400mg/日飲み始めることとなりました。投薬により吐き気や下痢といった症状が続き、整腸剤と吐き気止めも併せて内服していました。7か月後の2008年2月には咳や痰は多少あったものの、レントゲンの結果、投薬効果が確認できたとして投薬終了と言われました。しかし、投薬終了に喜んだのも束の間、その5か月後の再診で数年分を数か月で悪化していると言われ、投薬再開となってしまいました。加えて、その半年後には「投薬に効果なし」とされクラリスロマイシンが倍量の800mg/日となりました。増量によって口中に苦みを感じるようにもなりました。なにより、再開や増量という展開に不安感が増しました。

2009年~2010年:多剤併用療法への挑戦と副作用に苦しみ、転院
2009年3月、A病院の主治医の退職を機に紹介されたB大学病院で各種検査を実施した結果、病状が悪化していることから3剤(クラリスロマイシン・リファンピシン・エタンブトール)治療が必須であると診断を受けました。副作用の話も聞いていたため、迷いましたが家族とも相談の末、2009年7月には3剤治療を開始する決断をしました。しかし、投薬3週目、悪寒と発熱、起き上がれないほどの倦怠感が現れます。翌月、診察時に主治医に相談し「3剤治療が絶対に必要だが当面は代替薬で様子を見る」とされ、3剤治療は中止となりました。2010年5月、CT検査を実施し、既存の空洞は小さくなっているが、新たな空洞ができているとの指摘を受けました。「やはり3剤治療をするべきであり、それが嫌なら筋肉注射を週に2回通ってもらう」と言われてしまいました。このことから、大学病院はつらく厳しい治療を無理強いするところ、との印象を持ってしまいました。生活のために働かなくてはならないことを理解してもらえないと思い、その病院への受診をキャンセルし、以前の主治医がいるC病院を受診することにしました。その病院では「3剤治療は副作用が強い上、飲んでも必ず治る保証はないので辛いなら飲まなくて良い。クラリスロマイシンを中心にL-カルボシステインを追加しよう。」と言われて安心し、頼ってしまうことになりました。

(2)改善しない症状への不安と医療への不信感

2011年~2015年:改善しない症状に悩まされる~不信感を抱く
2011年の3月にまた主治医が退職し、後任の医師に変更になりましたが、クラリスロマイシンとL-カルボシステインという投薬内容に変更はありませんでした。その後、自覚症状を伝えても「肺MAC症の悪化ではない。前回とレントゲンに変化はない」と言われるだけでしたので、自分からは特に報告することはしなくなりました。血液検査はするものの、喀痰検査やCT検査も特になく、薬をもらうための通院という感じでした。しかし、単剤投与を再開して4年目の2014年7月、激しい咳こみと痰に悩まされ始めます。受診したところ、細菌感染かもしれないといわれ、スルタミシリントシル酸塩水和物を処方されました。その時は後から、インフルエンザ菌への感染であったことがわかり、投薬の効果で症状が改善しました。しかし最初の健診より10年が経ち、自覚症状は明らかに悪化しているのに診察には進展はなく、主治医への不安が強くなりました。そこで転院を希望したところ、「専門病院に転院したら強い薬を飲んでまた副作用が出ますよ。よく考えたほうがいい」と言われました。そう言われると気持ちが消極的になり、身内の手術などもあり、転院は保留となっていました。

2015年:喀血・転院
そうしてC病院でクラリスロマイシン単剤での療養を続けながら過ごしていた2015年8月、初めて喀血をしました。主治医からは「肺MAC症の悪化は見られないので重いものを持った瞬間に気管支に負荷がかかったことにより血管が切れたのだろう」と言われ2週間の安静を指示されました。その年の10月、肺NTM症専門病院の市民講座に参加し、講師の医師に相談したところ「現状の投薬では耐性化の危険がある。今の状態なら投薬する価値があるし、減感作療法で副作用の影響を考慮しながら投薬できる可能性がある」と言われ転院を決意しました。
主治医にその意思を伝えたところ「紹介状を書くのは構わないが専門の先生には怒られると思う。なぜならクラリスロマイシンの単剤投与はやってはいけないといわれているから」と言われて絶句しました。やってはいけないと知っていて単剤投与を長期間していたことを知り、言葉がでませんでした。勝手に大学病院を辞めたことは誤りだったことにこの時、気が付きました。

(3)たどり着いた治療と繰り返される菌交代との闘いの日々

2016年~2017年:クラリスロマイシン耐性菌が発覚、多剤併用療法を開始
専門病院であるD病院に転院後、喀痰検査を実施した結果、クラリスロマイシン耐性アビウム菌と判明し、クラリスロマイシンを中止することになりました。減感作療法を実施するために入院し、抗アレルギー薬を服用しながらでしたがリファンピシン、エタンブトールを基礎とした多剤併用療法を開始することができました。それから2年間、同様の服薬内容で体調良好な日々を過ごすこととなりました。

その後:耐性菌陰性化と2度の菌交代と現在
専門病院での多剤併用療法は3年続き、難しいと思っていたクラリスロマイシン耐性MAC菌の陰性化に成功しました。
ただ、同じ非結核性抗酸菌のアブセッサス菌(マシリエンセ亜種)に感染し新たな治療を行ってそれを陰性化してもまたアビウム菌に感染するなど、最初の診断から17年目に入ってもまだ治療は終わっていません。
現在のアビウム菌はクラリスロマイシンに感受性があることがわかっており、クラリスロマイシン・リファンピシン・エタンブトールの3剤治療を続けています。
どうして自分はこうして菌交代しながら感染を繰り返すのだろう、と悲しくなります。お風呂掃除はその日のうちにサッとやる程度にして念入りにやるのは夫に任せ、庭の園芸仕事もやめ、水回りのリフォームもしたにも関わらず、です。「ああどうしてこうなるんだろう」と繰り返し思います。けれどこうなった以上、新しい菌に対処していくしかないです。

 

生きていくために治療をやめるつもりはないのだから。

 

(4)治療との共存とこの先、医療者に期待すること

患者として感じる困難は、ガイドラインがあってもこれで治るとか、どの程度時間がかかるという明確な指標がないために常に不安の中にいるというところです。薬を飲んだ方がいいのか飲まない方がいいのか、副作用はどうなのか、服薬を継続できたとして効くのか効かないのか、それらはすべてやってみなければわからないということが多かったです。それに加えて、医師の中でも治療に消極的な方がいらっしゃったりなど、多くの不安材料や、わからないことが多く、患者としては治療に取り組むことを躊躇してしまうように感じました。

またNTMの治療の特徴としても、運良く薬が飲めて、陰性化してもその後1年間程度は服薬を継続しなければなりません。その間にまたどれかの菌が陽性化してしまう不安があります。これはまるで「あがりのない双六」をぐるぐる回っているような感覚を覚えました。
何年も大量の薬を飲むというのは体への負担や精神的なしんどさに加えて、金銭的な負担も大きいです。そのため、投薬を終了すると言われたら普通は喜ぶところです。しかしNTM患者にとってはそれが夢のような言葉であり、同時に、再度陽性化し振り出しに戻ってしまうかもしれない、それを言われたらどうしようという恐怖の言葉ともなり得ます。医療者の皆様には、こうした不安や両価的で複雑な患者の気持ちを理解して欲しいです。ずっと付き合っていかないといけない病気と思っていますが、治せる薬が出てくるまで頑張ろう、ということも患者同士で励まし合って日々を過ごしています。私たちの病気を知っていただき、応援していただけたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。

 


薬剤耐性菌に関する症例報告

■第1回
冲中 敬二(国立がん研究センター東病院・総合内科、中央病院・造血幹細胞移植科(併任)、感染制御室室長)
「キャンディン系抗真菌薬をブレイクスルーした播種性糸状菌感染症」

■第2回
笠井正志(兵庫県立こども病院 感染症内科 部長)
大竹正悟(兵庫県立こども病院感染症内科 フェロー)
「耐性菌の影響は生まれたばかりの乳児にも!耐性菌による尿路感染症の生後5か月男児」

■第3回
植田 貴史(兵庫医科大学病院 感染制御部)
「カンジダ血症ではルーチンの眼科的精査が必要!」

■第4回
茂見 茜里(鹿児島大学病院 薬剤部/感染制御部)
「MRSA感染症治療における適正使用の重要性。リファンピシン単剤治療による耐性誘導に注意。」

■第5回
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
「ピペラシリン/タゾバクタムとバンコマイシンの併用により腎障害発現リスクが上昇」

■第6回
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
「リネゾリドの血中濃度モニタリングにより血小板減少を回避-難治性化膿性椎体椎間板炎でリネゾリドの長期投与が可能となり治療が奏功-」

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