私たちの政策提言

薬剤耐性(AMR)対策に向け日本政府が果たすべき役割

毎年、世界中で少なくとも約70万人もの人が薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)菌感染症により死亡していると考えられている。このまま対策が取られなければ、2050年には年間死亡者数は1,000万人にまで上昇するとの予測もあり*1、世界規模でAMR対策が進められている。
日本においても、医療機関内外で薬剤耐性菌による感染症症例が発生し、特にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌、ペニシリン耐性肺炎球菌、基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生菌、多剤耐性緑膿菌、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌等が問題となっており*2、近年では薬剤耐性真菌の拡大*3も懸念される。
以上の背景から、マルチステークホルダーで議論を行うAMRアライアンス・ジャパン*4は、AMR対策を推進させるため、「薬剤耐性(AMR)対策アクション・プラン」開始後3年が経過した現状の課題を踏まえ、以下の政策案を提言する。
提言のテーマは、「医療現場の現状を踏まえた抗菌薬の適正使用の推進」、「国内のAMRに関する危機の管理及びサーベイランス・システムの構築」、「積極的な耐性菌スクリーニング検査及び迅速診断検査等を実施しやすい体制の整備」、「国民及び医療従事者へのAMRに関する学修支援」、「抗菌薬開発を促進するインセンティブ・モデルの策定」、「抗菌薬の安定供給」及び「国内外の好事例や教訓を共有するための国際連携」である。各提言は次頁の図に示すように相互に関連している。

  • *1 O’Neill, J. “Review on Antimicrobial Resistance. Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations.” London, England. Wellcome Trust, HM Government; 2016.
  • *2 「日本の薬剤耐性菌の状況」国立研究開発法人国立国際医療研究センター、AMR臨床リファレンスセンター、http://amr.ncgm.go.jp/general/1-3-1.html(最終閲覧日:2019年5月21日)
  • *3 “Candida auris.” Centers for Disease Control and Prevention, National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases (NCEZID), Division of Foodborne, Waterborne, and Environmental Diseases (DFWED), https://www.cdc.gov/fungal/candida-auris/index.html(最終閲覧日:2019年5月21日)
  • *4 2018年11月設立。日本化学療法学会、日本感染症学会、日本臨床微生物学会、日本環境感染学会、日本薬学会、日本医療薬学会、日本TDM学会、日本医真菌学会、日本小児感染症学会、MSD株式会社、塩野義製薬株式会社、日本製薬工業協会、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社及び特定非営利活動法人日本医療政策機構(事務局)を構成メンバーとする(2019年5月時点)。

図「医療現場の現状を踏まえた抗菌薬の適正使用の推進」は他の全ての提言に関連する。「国内のAMRに関する危機の管理及びサーベイランス・システムの構築」は、「国民及び医療従事者へのAMRに関する学修支援」及び「抗菌薬開発を促進するインセンティブ・モデルの策定」に対し重要な意味を持ち、「積極的な耐性菌スクリーニング検査及び迅速診断検査等を実施しやすい体制の整備」によって支えられている。薬剤耐性菌は国境を越えて人々に脅威をもたらす可能性があることから「国内外の好事例や教訓を共有するための国際連携」は国内のAMR対策にも寄与する。

01

医療現場の現状を踏まえた抗菌薬の適正使用の推進

我が国が2016年4月に制定した「薬剤耐性(AMR)対策アクション・プラン」に掲げた数値目標は、AMR対策を推進させた一方で、抗菌薬の過剰な使用抑制に繋がるおそれがあり、その数値目標の妥当性は議論されている状況である。また、厚生労働省により策定された「抗微生物薬適正使用の手引き 第一版」(以下、手引き)を医療現場でより一層活用させるための打ち手が求められている。

  • 抗菌薬の適正使用を推進するにあたり、「不適正使用を抑制する」政策は重要であるが、抗菌薬の過剰な使用抑制に繋がらないよう、抗菌薬の適正な使用を適切に評価できる数値目標を検討すべきである。
  • 手引きについて、感染症専門医以外の医師にとっても現場で活用しやすくするために、以下の点を考慮した内容へ発展させるべきである。
    • 基礎疾患のある患者の治療に活用できる内容を記載する。
    • 抗菌薬の選択肢を病態毎に記載する。
  • 抗菌薬の適正使用の推進にあたっては、以下の体制整備のための診療報酬制度の改定を検討すべきである。
    • 大学病院や基幹病院に感染症科を設置し、感染症診療(院内の感染症診療及び地域の感染症診療支援を含む)に専従する専門医を配置する。また、大学病院や基幹病院における抗菌薬適正使用支援チーム(AST: Antimicrobial Stewardship Team)及び感染制御チーム(ICT: Infection Control Team)が連動して活動できるよう、AST 及びICTの双方に感染症専門医・薬剤師を配置する体制を整備する。
    • 全ての医療機関においてASTを設置するとともに、チーム内の専門家の取組みを適切に評価できる体制を整備する。
    • 診療報酬で得られる収益が感染症診療及びASTによる取組みの維持や質の向上に利用されるよう医療機関の管理者に対する指導を行う。
    • 小児抗菌薬適正使用支援加算を参考に、保険薬局及び成人を対象とした診療所における抗菌薬の適正使用の推進に関する取組みを適切に評価できる体制を整備する。
  • 既存の抗菌薬の用法・用量及び適応症を適切な内容に改定しやすくするために、現在改正が検討されている「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」における「特定用途医薬品」の指定要件として、AMR対策のための用法の変更等を明確に定めるべきである。

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02

国内のAMRに関する危機の管理及びサーベイランス・システムの構築

国内全体のAMRに関する危機を管理するためのサーベイランスを統轄する司令塔が存在しない。また、抗菌薬を使用した患者の臨床情報及び菌の感受性に関する情報の関連付け並びに把握がなされていないため、抗菌薬を投与された患者の経過が不明である。

  • 薬剤耐性菌を人類に対する世界的な脅威と認識し、産官学民が連携して運用できる、持続可能性のある総合的なサーベイランス・システムの構築を政府が責任をもって主導し、適切な資金を投入すべきである。
  • 当該サーベイランス・システムの構築にあたっては、以下の点を考慮すべきである。
    • 薬剤耐性菌及び抗菌薬使用の状況を詳細かつリアルタイムに把握できる情報(菌株データ、抗菌薬使用の指標等)を収集できること。
    • 臨床現場の意見及び負担を考慮し、データを効率的に移行及び収集できる書式等が整備されていること。
    • 抗菌薬を投与された患者の経過を把握できるよう、臨床、菌株データ、抗菌薬使用等の情報を連結できること。
  • 現状サーベイランスを実施していない施設の情報も重要であることから、実施のための人材確保を含めた支援体制を構築するとともに、外来診療に着目したサーベイランスの方策も検討すべきである。
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03

積極的な耐性菌スクリーニング検査及び迅速診断検査等を実施しやすい体制の整備

AMRの拡大防止等の観点から、入院時における積極的な耐性菌スクリーニング検査は重要である。また、検査機器技術を活かした運用により、迅速診断に不可欠な微生物同定・感受性検査の報告は2日以上短縮できる。しかしながら、それらの検査を実施するためのスタッフの数及び機器の整備に関する医療機関の体制等は十分といえない。

  • 以下の政策を推進するために診療報酬制度を利用した策を検討すべきである。
    • 積極的な耐性菌スクリーニング検査及び迅速診断検査を普及させ、抗菌薬使用の必要性を検査結果に基づき正確に判断することにより、効果的な抗菌薬が処方できる、又は抗菌薬の処方を中止できる体制の整備。
    • 積極的な耐性菌スクリーニング検査及び微生物同定・感受性検査(遺伝子検査を含む)を実施できる人材育成等の推進。
    • 現状各医療機関の負担で実施されている検査(例:基質特異性拡張型β-ラクタマーゼ産生菌、カルバペネマーゼ産生菌等の検出)にかかる費用を適切に賄えるようにする。
    • 耐性菌の出現が疑われる場合には、複数回の薬剤感受性検査を実施できるようにする。

    なお、診療報酬制度の改定については、現場の人材及び機器の整備不足が確実に解消されるよう専従スタッフの配置及び機器の整備に関する規定を明確に定め、その上で、国内のAMRサーベイランスを統轄すると指定された機関に必要な検査データを提出することを義務付ける規定を明記すべきである。

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04

国民及び医療従事者へのAMRに関する学修支援

日本は諸外国と比較してAMRが制御されているため、潜在的な脅威としてのAMRに関する認識が低い。ウイルスが原因となる疾患にも抗菌薬が有効との誤認が国民の間に広がっている*5

  • *5 「抗菌薬意識調査2018」国立研究開発法人国立国際医療研究センター、AMR臨床リファレンスセンター、http://amr.ncgm.go.jp/pdf/ig-8.pdf(最終閲覧日:2019年5月21日)
  • 一般市民へのAMRに関する学修支援の機会を増やすべきである。学修支援の方法については、新聞、雑誌、テレビ、SNS、インターネット等を利用し、かつ高齢者や若者等の対象を考慮した、適切な方法を検討すべき。また、教育保育機関等においては、学校医、学校薬剤師、養護教諭、園医、園の看護師等との協力体制を構築し、AMRに関する正確かつ積極的な情報発信を促すための研修の機会を設けることも検討すべきである。
  • ワクチン接種、消毒等による感染予防、感染拡大等に関する学修支援の機会も増やすべきである。
  • AMR対策に資する専門知識を有する医療従事者(有資格者)の育成を推進すべきである。
  • TDM(Therapeutic Drug Monitoring)を実施できる人材及びTDMの対象となる抗菌薬の拡大は、抗菌薬使用の妥当性の判断及びAMR対策の観点から重要であるため、当該人材の育成及び当該対象抗菌薬の拡大を、診療報酬制度の改定も含めて検討すべきである。
  • 現状のAMRに関する啓発運動を活性化するため、既存の「薬剤耐性(AMR)対策推進国民啓発会議」等を活かして、医療従事者、患者代表、保険者、産業界、政府、有識者等、産官学民のマルチステークホルダーの連携を推進すべきである。各自治体における啓発運動としては、地域の医師会、薬剤師会、保健所等が連携できる機会を設けることを推奨すべきである。
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05

抗菌薬開発を促進するインセンティブ・モデルの策定

新たな抗菌薬開発の領域は市場性や採算予見性が低い。10年以上かけて開発しても、新たな耐性菌の発現を抑制する観点から使用制限が推奨されるため、企業が開発インセンティブを持ちづらい実情がある。

  • 抗菌薬を研究開発する企業へPull型インセンティブを付与すべきである。具体的には、Market Entry Reward、他製品に適用できる市場独占期間の延長制度、買取保証制度、薬剤プロファイルに基づく薬価事前審査制度等の導入を検討すべきである。
  • 新たな抗菌薬の研究開発を推進する国内の資金調達方法を検討し、世界のAMR対策をリードできる先進事例を創出すべきである。
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06

抗菌薬の安定供給

抗菌薬の安定供給が確保できない場合、感染症治療の遅れ又は中断、あるいは最適ではない抗菌薬の投与が感染症治療の失敗を引き起こし、結果として薬剤耐性菌が拡大することが懸念される。一方、製薬企業は常に医薬品原薬の確保、製造コストと薬価低下の不均衡等に苦心しており(セファゾリン、パニペネム/ベタミプロン、アンピシリン/スルバクタム等)、代替薬も含め抗菌薬の安定供給が危惧される。

  • 企業が抗菌薬の安定供給を実現できるよう、危機管理の視点も踏まえた適切な資金投入や支援を行うべきである(増額を含めた適正な薬価を検討することを含む)。
  • 国内で汎用されている抗菌薬を供給する企業が複数の製造ルートを確保する等して、必要時に供給を容易に増やせる体制を整備できるよう、支援すべきである。
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07

国内外の好事例や教訓を共有するための国際連携

途上国では、薬剤耐性菌の発生状況及び抗菌薬の使用状況に関するデータの不透明性、並びに偽薬が問題となっている。薬剤耐性菌は国境を越えて人々に脅威をもたらす可能性があることから、薬剤耐性菌の拡大を抑えるための国際連携が不可欠である。

  • 薬剤耐性菌の拡大を防ぐためにワンヘルス・アプローチに基づき、「AMRに関するアジア太平洋ワンヘルス・イニシアチブ(ASPIRE: Asia-Pacific One Health Initiative on AMR)」等を参考に、各国政府への協力要請、働きかけを継続的に推進すべきである。
  • 抗菌薬の適正使用の推進策、薬剤耐性菌の発生状況や抗菌薬の使用状況を連続的に共有できる国内のサーベイランス・システム等を、アジアを含めた海外諸国に展開し世界のAMR対策をリードすべきである。
  • 海外への積極的な支援が国内のAMR対策につながるという認識に基づき、途上国における抗菌薬の使い方についての指導等に対する政府からの支援を充実させるべきである。途上国における支援においては、医療資格保有者だけでなく、必要な技能・知識を習得した人材による現地での協力体制づくりも推進すべきである。
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