
ペルニラ・レンホルム氏
ちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクル 創設者
AMRアライアンス・ジャパン(事務局:日本医療政策機構)では、薬剤耐性対策の政策推進に向けて、国内外の薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)の患者・当事者と共に活動してきました。活動の一環として、2021年からAMR対策に関わる患者・当事者や市民の声を集めています。今回は、ちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクル(Prematurföreningen Mirakel(プレマトゥールフォーレーニンゲン・ミラーケル))の創設者であるペルニラ・レンホルム氏にご自身の経験を語っていただきました。同会は、新生児集中治療室(NICU: Neonatal Intensive Care Unit)や産科病棟で過ごす家族、そして子どもを亡くした家族を支えるスウェーデンの非営利団体です。新生児医療の改善とAMRへの社会的な理解を広げることを目指し、レンホルム氏が2013年に立ち上げました。活動の原点は、彼女自身の経験にあります。2011年、3か月の早産で双子の娘を出産しましたが、そのうちの一人は、投与された抗菌薬が効かないESBL産生肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)による敗血症で、生後8日で亡くなりました。この経験から、彼女は新生児医療や周産期医療における感染対策の強化と、AMRについて率直に語り合える環境づくりに取り組むようになりました。
目次:
(1)ひとりの経験から社会の問題へ
(2)新生児医療におけるAMRへの取り組み
(3)伝えること、隠さないこと
(4)連携と社会への発信
(5)経験から伝えたいこと
(1)ひとりの経験から社会の問題へ
ちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクルは、早産児の親としての私自身の経験から始まりました。妊娠25週で破水し、出産までの3週間を病院で過ごしました。入院時に感染症が確認されましたが、原因となった菌はわからないまま、2日間、抗菌薬の点滴を受けました。娘たちが生まれて4日後、二人ともNICUで容体が悪化し、検査で多剤耐性のESBL産生肺炎桿菌による感染症とわかりました。二人とも敗血症を起こしましたが、治療の内容は異なりました。助かった娘には4種類の抗菌薬が使われ、亡くなった娘には2種類でした。生後8日のことでした。
私自身は保菌の検査を受けていませんでした。そのため、知らないうちに生まれたばかりの子どもたちに菌を持ち込んでしまったのです。この出来事は、2つの問題を同時に突きつけました。1つは、病院が感染をどのように防ぎ、どこから菌が入ってきたのかをどう突き止めるのかということ。もう1つは、大変な状況にある家族に、病院がどう向き合い、何を伝えるのかということです。同じ立場の親を支え、自分が知ったことを伝え、より安全な新生児医療を求めたい。その思いで、私はちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクルを設立しました。
当初は、新生児医療の現場にいる家族の心の支えになることと、その家族にAMRを知ってもらうことが中心でした。しかし、早産児の感染症による合併症について同じような話を何度も聞くうちに、AMRが活動の中心に近づいてきました。今は、家族支援のネットワークを運営しながら、新生児医療にAMRの視点を組み込むよう社会に働きかけています。スウェーデンの医療をめぐる議論では、AMRはどこか遠い話に聞こえるかもしれません。けれども、新生児病棟にいる親にとって、その危険は目の前にある現実です。だからこそ私は、AMRの問題を医療現場だけの話にせず、家族と社会全体の問題として語っています。
(2)新生児医療におけるAMRへの取り組み
早産児は、どの病院でも最も弱い立場にある患者です。感染症にかかりやすいため、大半の子どもが生まれてすぐに抗菌薬の投与を受けます。それは必要なことですが、同時に危うさもはらんでいます。新生児病棟で抗菌薬を多く使用することは、耐性菌の出現や拡大につながります。そこから起きた感染症は敗血症に至ることが多く、病棟では毎年のように子どもの命が失われています。また、抗菌薬を長い期間使うことにも、別の問題があります。何か月も抗菌薬を使用した赤ちゃんは腸内細菌叢が大きく変わり、退院後も消化の働きや体調に影響が残ることがあります。しかも多くの場合、親はその理由はわからないままです。こうしたリスクを減らすために、私は新生児医療の仕組みについて次のような提案をしています。
- 院内感染を防ぐため、新生児病棟の個室化を進めること
- 転院の前に、母親と赤ちゃんの耐性菌検査を必ず行うこと
- 抗菌薬の使い方、感染予防、そして抗菌薬を使い続ける場合の長期的な影響について、親に向けた教育を行うこと
私はスウェーデン政府のAMRに関する会合に参加し、新生児医療や母親の視点を議論に反映させようとしています。AMRに関する国家行動計画の改定に向けた議論にも加わってきましたが、そこに最も影響を受けている人たちが参加していることは、ほとんどありません。多くの親は、自分の子どもが実際にAMRの影響を受けるまで、そのことを何も知りません。AMRを親への説明や病院での日常的なやり取りに組み込めば、家族も抗菌薬の役割を理解し、感染予防に自ら関わることができるようになります。
(3)伝えること、隠さないこと
私の活動の中心にあるのは、NICUで過ごす家族や社会全体に向けて、AMRについて伝え、その予防に取り組むことです。早産児は生まれてすぐに広域抗菌薬を投与されるのが一般的ですが、なぜその薬が必要なのか、それが将来どう影響する可能性があるのか、親が説明を受けることはめったにありません。こうした沈黙の背景には、より大きなためらいがあると私は考えています。スウェーデンでも、AMRによる感染や死について語ることは簡単ではありません。責任を問われること、病院の評判が傷つくことへの恐れがあります。そして、子どもの死は、誰もが避けて通りたい話題です。
けれども、問題は認めないかぎり、対処することができません。ミラクルでは、家族が語り合うサポートグループを運営し、公の場で体験を語り、啓発キャンペーンに参加することで、敗血症や薬剤耐性、そしてNICUなど集中治療の日々のあとに残る心の傷について、当たり前に語れるようにしてきました。こうした積み重ねが、AMRを患者安全だけではなく、患者・当事者のメンタルヘルスに関わる問題としても捉える見方を広げてきたと感じています。
私は、感染のリスクや治療の判断について、家族にはっきりと事実を伝え、どんな事態にも備えてほしいと病院に求めています。医療従事者が家族の話に耳を傾け、包み隠さず話すと、家族は自分たちの経験を受け止められるようになり、互いの信頼も育っていく。そんな場面を何度も経験してきました。私は率直に伝えることが、回復にもつながると考えています。私自身、NICUを離れたときには、心的外傷後ストレスを抱えていました。心の傷が和らぐまでには何年もかかりました。あのとき誠実な説明があれば、もっと早く前に進めたのではないかと思っています。
病院の外でも、私は赤ちゃんの死をめぐる沈黙を破ろうとしています。講演やメディアの取材、SNSでの発信を通じて、敗血症や薬剤耐性、そしてNICUなど集中治療を経験した後に残る悲しみについて率直に話しています。同じ経験をした家族が、ひとりだと感じずにすむように。
(4)連携と社会への発信
社会に向けた発信は、私の活動の柱です。メディアへの出演、講演、オンラインでの発信を通じて、AMRをできるだけやさしい言葉で説明するようにしています。難しく語る必要はありません。ていねいな手洗いや、抗菌薬を必要なときだけ正しく使うこと。そうした日々の小さな行動によって、誰もがAMR対策の一端を担うことができます。教育や啓発の対象を専門職や医療従事者にとどめてはなりません。政府との会合で私が強調しているのは、市民が「自分に何ができるのか」を知る必要があるということです。そもそも感染症を防ぐことができれば、病院に行く必要も、そこで耐性菌を広げてしまう可能性も減らせます。
もう1つ私が求めているのは、患者団体などの非営利団体をAMR政策の真のパートナーとして扱ってほしいということです。患者団体には、科学や制度の視点からは見えないものを補う、当事者ならではの経験や知識があります。しかも、その活動の多くは無償で、社会にはほとんど知られていません。私たちのような団体が意思決定や協働にもっと加わるようになれば、政策は、影響を受ける人たちの現実により近づいていくはずです。
(5)経験から伝えたいこと
私自身の経験と団体の活動から、いくつかお伝えしたいことがあります。
- AMRの予防と抗菌薬の適正使用を、新生児医療や周産期医療の中に組み込み、AMRを専門家だけの課題として切り離さないこと。
- 病院と家族が率直に話し合える環境を整え、お互いの信頼を育むとともに、AMRについて声を上げにくくしている孤立や自責の念を和らげること。
- 患者・当事者団体を国や地域のAMR対策のパートナーとして位置付け、当事者の経験を活かすこと。
- AMRや子どもを失う経験、早産、抗菌薬が子どもに与える影響について家族同士が安心して語り合える場とネットワークを整え、NICUを退院した後も支援が続くようにすること。
また、私と同じ経験をしてきた家族に、一番伝えたいことがあります。多くの家族は、自分の子どもが耐性菌に感染していたことを知らされないまま退院し、誰にも打ち明けられず、自分を責め続けています。恥じることはありませんし、ひとりで抱える必要もありません。声を上げることは、回復への第一歩です。それは、AMRをめぐる沈黙を破る一歩であり、自分の人生を取り戻す一歩でもあります。
薬剤耐性菌に関する症例報告
■第1回「キャンディン系抗真菌薬をブレイクスルーした播種性糸状菌感染症」
冲中 敬二(国立がん研究センター東病院・総合内科、中央病院・造血幹細胞移植科(併任)、感染制御室室長)
■第2回「耐性菌の影響は生まれたばかりの乳児にも!耐性菌による尿路感染症の生後5か月男児」
笠井正志(兵庫県立こども病院 感染症内科 部長)
大竹正悟(兵庫県立こども病院感染症内科 フェロー)
■第3回「カンジダ血症ではルーチンの眼科的精査が必要!」
植田 貴史(兵庫医科大学病院 感染制御部)
■第4回「MRSA感染症治療における適正使用の重要性。リファンピシン単剤治療による耐性誘導に注意。」
茂見 茜里(鹿児島大学病院 薬剤部/感染制御部)
■第5回「ピペラシリン/タゾバクタムとバンコマイシンの併用により腎障害発現リスクが上昇」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第6回「リネゾリドの血中濃度モニタリングにより血小板減少を回避-難治性化膿性椎体椎間板炎でリネゾリドの長期投与が可能となり治療が奏功-」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第7回 当事者の声「薬剤耐性菌の問題に関心をもち、抗菌薬の適切な使用を推進する医療従事者が増えることを願っています」
伊東 幸子(AMRアライアンス・ジャパン サポーター/肺NTM(Nontuberculous Mycobacteria:非結核性抗酸菌)症 当事者)
■第8回 「安全性だけではないTDMの活用法 ~有効性確保のためにできること~」
桝田 浩司(学校法人国際医療福祉大学成田病院 薬剤部 副主任)
池田 賢二(国際医療福祉大学 成田病院薬剤部責任者/薬学部准教授)
■第9回 当事者の声「眼科疾患と薬剤耐性の経験」
丸山 純一(元 駐セルビア日本大使)
■第10回 当事者の声「紛争地域における薬剤耐性対策:ガザ地区での診療から見た紛争地域における薬剤耐性対策の課題と新たな視点」
鵜川 竜也(国境なき医師団 医師)
■第11回 当事者の声「リンパ腫、敗血症の経験から考える薬剤耐性と患者アドボカシ―」
クリスティン・モルヴェン(オスロ大学病院 医師)
