
トーマス・ヘイマン氏
セプシス・アライアンス代表兼最高経営責任者
シンディ・ホウ氏
セプシス・アライアンス最高医療責任者・理事
AMRアライアンス・ジャパン(事務局:日本医療政策機構)では、薬剤耐性対策の政策推進に向けて、国内外の薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)の患者・当事者と共に活動してきました。活動の一環として、2021年からAMR対策に関わる患者・当事者や市民の声を集めています。今回は、米国で敗血症のアドボカシーに取り組むセプシス・アライアンス(Sepsis Alliance)から、代表兼最高経営責任者のトーマス・ヘイマン氏と、最高医療責任者・理事で感染症専門医のシンディ・ホウ氏にお話を伺いました。同団体は2007年に設立され、市民と医療従事者の双方に働きかけながら、敗血症の早期の気づきと適切な治療、そしてAMR対策の推進に取り組んできました。トーマス・ヘイマン氏がこの活動に関わるきっかけとなったのは、同団体の創設者であるカール・フラットリー氏と出会い、23歳の娘を敗血症で亡くしたというフラットリー氏の経験を聞いたことでした。その後まもなく、ご自身の娘の親友と隣家の方も敗血症とがんの合併症で命を落としています。シンディ・ホウ氏は感染症専門医であり、長年にわたり患者との診療を通じて、抗菌薬の適正使用支援と感染予防に取り組んできました。セプシス・アライアンスの最高医療責任者および理事として、患者の安全性、公平性、そして言語アクセスの向上に向けて精力的に活動しています。
目次:
(1)AMRと敗血症という切り離せない2つの課題
(2)伝わる言葉で届ける
(3)救急隊員から専門医まで
(4)患者・当事者が語るとき
(1)AMRと敗血症という切り離せない2つの課題
有効な抗菌薬がなければ、感染症の治療は難しくなり、敗血症へと進行する可能性が高まります。だからこそ、抗菌薬適正使用支援は、セプシス・アライアンスの使命の中核に位置づけられています。適正使用とは、単に抗菌薬を選ぶことではありません。適切な薬剤を選択し、新たな情報が得られるたびに調整を重ね、副作用や合併症を最小限に抑えることまでを含むとホウ氏は説明します。
AMRの視点は、敗血症に関する啓発・学修支援およびアドボカシー活動にも反映されており、抗菌薬開発に対する資金の必要性、迅速診断への投資、そして責任ある抗菌薬使用に必要な臨床研修が重視されています。
また、同団体が毎年開催するセプシス・アライアンスAMRカンファレンス(Sepsis Alliance AMR Conference)では、臨床医、研究者、患者・当事者、政策立案者が集まり、AMRに対応するための実践的な解決策を検討しています。新しい取り組みを広く共有するとともに、AMR対策と敗血症診療のつながりを強化する場となっています。
ヘイマン氏とホウ氏は、子どもにとっての敗血症とAMRの重要性にも言及し、敗血症によって命を落とす子どもの数はがんによる死亡数を上回り、新生児敗血症も深刻な課題であると指摘しています。
(2)伝わる言葉で届ける
2007年、「敗血症」という言葉を聞いたことがある米国民はわずか19%でした。現在では、その割合は75%にまで上昇しています。この変化は、敗血症は一刻を争う医療上の緊急事態であると市民に伝えることに焦点を絞り、約20年にわたり全米で一貫した働きかけを続けてきた成果です。
誤情報やワクチンへの懐疑が広がるなかで、患者団体は信頼できる健康・医療情報の発信者として不可欠であり、大きな役割を担っています。同団体の啓発活動は多様であり、全国規模のキャンペーン、教育イベント、メディアや医療機関との連携などがあります。また、毎年9月を敗血症啓発月間(Sepsis Awareness Month)と定め、病院、専門学会、アドボカシー団体が連携して、敗血症の予防と早期の気づきに関する情報を発信してきました。世界敗血症デー(World Sepsis Day)や世界AMR啓発週間(World AMR Awareness Week)にも参加し、敗血症に関する発信をAMR対策の国際的な動きと結びつけています。
AMRに関する社会の認識を把握するため、複数の調査を実施していますが、調査結果は一貫して、世界各地で理解が十分に進んでいないことを示しています。こうしたデータを踏まえて立ち上げたのが、人々の理解を深め、AMRに対する行動を促す#EndSuperbugsキャンペーンです。
このような取り組みのなかでは、言語的公平性とヘルスリテラシーを重視しています。英語能力が限られる人々に届けるため、スペイン語、中国語、タガログ語をはじめとする多言語の学習支援・啓発資材が作成されています。
平易な言葉による情報発信に加え、ティーチバックの手法も取り入れています。患者の理解度を確認するため、患者自身の言葉で重要な情報を説明してもらうことを医療従事者に促しています。こうした工夫が、AMRなどに関する確実な理解につながり、より良い治療を支えます。ホウ氏は、英語を母語とする人であっても医学用語の理解には苦労することがあり、だからこそ平易な言葉が重要だと言います。医療従事者の説明が理解されなければ、啓発活動も十分に効果を上げられないからです。
(3)救急隊員から専門医まで
同団体が設立初期に実施した調査では、集中治療以外の場で働く医療従事者の多くは、敗血症の兆候や緊急性について十分に把握していないことが明らかになりました。これを受けて、敗血症の早期の気づき、感染予防、抗菌薬適正使用に関する継続教育の講座を無料で提供する認定オンラインプラットフォーム「セプシス・アライアンス・インスティテュート(Sepsis Alliance Institute)」が立ち上がり、これまでに65,000人を超える医療従事者が参加しています。毎月およそ1,000人が新たに受講しており、研修モジュールは、救急隊員等のファーストレスポンダー、看護師、産科医、腫瘍内科医、学校看護師(スクールナース)など、幅広い専門職を対象としています。
ホウ氏は、保健医療システム全体にわたる包括的な研修の重要性を強調します。敗血症となる人々の半数が救急搬送によって医療機関に到着しており、ファーストレスポンダーから専門医に至るまで、すべての関係者が敗血症を見極め、迅速に対応できなければならないからです。
こうした研修では、人種、所得、言語による格差への対応も求められます。医療が十分に行き届いていない人々やマイノリティの人々は、依然として敗血症について聞いたことがある割合が低く、必要な医療を適切な時期に受けられない傾向にあります。この格差を解消するには、データに基づくアプローチ、文化的背景に配慮した医療、増強された医療人材の多様性の確保が必要です。患者と同じ言語を話す医療従事者や、信頼関係を築いて文化的な障壁を乗り越えるための支援ができるコミュニティヘルスワーカーの存在もそこに含まれます。
(4)患者・当事者が語るとき
患者・当事者の参画は活動の中核です。敗血症を経験した当事者とその家族は、啓発を広げ、政策に働きかけ、情報発信のあり方を形づくるうえで重要な役割を果たしています。現在も続く「フェイシズ・オブ・セプシス(Faces of Sepsis)」キャンペーンでは、数千件に及ぶ当事者の体験が、ウェブサイト、ソーシャルメディア、公開イベントを通じて紹介されています。これらの体験は、敗血症が個人と社会に何をもたらすのかを伝え、アウトリーチと啓発・学修支援の主要な手段となっています。ヘイマン氏は、患者は医療を受ける側だけではなく、重要なアドボケーターでもあり、患者・当事者が自らの経験を語ることで、人々の敗血症に対する捉え方が変わると説明します。
ヘイマン氏とホウ氏は、敗血症は誰にでも起こり得る一方で、免疫不全状態にある人や、慢性疾患や非感染性疾患を有する人などは、特に発症のリスクが高いことにも言及します。がん、糖尿病、嚢胞性線維症、HIV/AIDSなどとともに生きる人々にとってもAMRが大きなリスクとなり、疾患の枠を越えてAMRを横断的に議論していくことが求められます。
オンラインプラットフォームの「セプシス・アライアンス・コネクト(Sepsis Alliance Connect)」では、5,000人を超える会員が学修支援とピアサポートを受けながら、経験の共有を続け、当事者が啓発活動を続けながら生活を再建していくことを後押ししています。ホウ氏は次のように述べています。「当事者が語るとき、その言葉には人を振り向かせる力があります。当事者の経験は、政策立案者や臨床医に、この問題には人の命が懸かっているのだと、改めて思い起こさせるのです」。
薬剤耐性菌に関する症例報告
■第1回「キャンディン系抗真菌薬をブレイクスルーした播種性糸状菌感染症」
冲中 敬二(国立がん研究センター東病院・総合内科、中央病院・造血幹細胞移植科(併任)、感染制御室室長)
■第2回「耐性菌の影響は生まれたばかりの乳児にも!耐性菌による尿路感染症の生後5か月男児」
笠井正志(兵庫県立こども病院 感染症内科 部長)
大竹正悟(兵庫県立こども病院感染症内科 フェロー)
■第3回「カンジダ血症ではルーチンの眼科的精査が必要!」
植田 貴史(兵庫医科大学病院 感染制御部)
■第4回「MRSA感染症治療における適正使用の重要性。リファンピシン単剤治療による耐性誘導に注意。」
茂見 茜里(鹿児島大学病院 薬剤部/感染制御部)
■第5回「ピペラシリン/タゾバクタムとバンコマイシンの併用により腎障害発現リスクが上昇」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第6回「リネゾリドの血中濃度モニタリングにより血小板減少を回避-難治性化膿性椎体椎間板炎でリネゾリドの長期投与が可能となり治療が奏功-」
鏡 圭介(北海道大学病院薬剤部)
菅原 満(北海道大学病院薬剤部/北海道大学大学院薬学研究院医療薬学部門医療薬学分野薬物動態解析学研究室)
■第7回 当事者の声「薬剤耐性菌の問題に関心をもち、抗菌薬の適切な使用を推進する医療従事者が増えることを願っています」
伊東 幸子(AMRアライアンス・ジャパン サポーター/肺NTM(Nontuberculous Mycobacteria:非結核性抗酸菌)症 当事者)
■第8回 「安全性だけではないTDMの活用法 ~有効性確保のためにできること~」
桝田 浩司(学校法人国際医療福祉大学成田病院 薬剤部 副主任)
池田 賢二(国際医療福祉大学 成田病院薬剤部責任者/薬学部准教授)
■第9回 当事者の声「眼科疾患と薬剤耐性の経験」
丸山 純一(元 駐セルビア日本大使)
■第10回 当事者の声「紛争地域における薬剤耐性対策:ガザ地区での診療から見た紛争地域における薬剤耐性対策の課題と新たな視点」
鵜川 竜也(国境なき医師団 医師)
■第11回 当事者の声「リンパ腫、敗血症の経験から考える薬剤耐性とアドボカシー」
クリスティン・モルヴェン(オスロ大学病院 医師)
■第12回 当事者の声「新生児医療と薬剤耐性(AMR)対策をつなぐ」
ペルニラ・レンホルム(ちいさく生まれた子どもの家族の会 ミラクル 創設者)
