【調査報告】AMR Policy Update #7:新たな薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン(後編)
<POINTS>
- 四者連携(WHO、FAO、WOAH、UNEP)によって新たに策定された2026-2026年のGAP-AMRは、戦略目標が5つから6つに拡大され、6つ目の目標にはガバナンス、持続可能な財源確保、説明責任の要素が含まれた。また、今回のGAP-AMRは予防接種、感染対策、水・衛生(WASH: water, sanitation, and hygiene)、抗菌薬の適正使用(スチュワードシップ)を通じた予防を重視している。
- 2026年2月のWHO執行理事会では、四者連携が起案したGAP-AMRの草案の採択が一時延期された。背景には知的財産(IP: Intellectual Property)および技術移転をめぐる対立があったが、最終的には知識の共有に関する文言で合意に至った。しかし、公平なアクセスと持続可能なイノベーションをどう両立させるかという本質的な対立は、今後10年間にわたり中心的な論点として残り続ける可能性がある。
- 日本は、AMRにおいて継続的なリーダーシップを発揮できる。これまでの国家行動計画(NAP: National Action Plan)と統合的なサーベイランスの実績を土台に、今後は省庁横断的な環境モニタリングをさらに深化させることができるだろう。さらに新たなNAP-GAPのもとで、必要な費用の見積もりや測定可能な目標を活用し、市民社会のプラットフォームと連携しつつ、アジア太平洋地域のキャパシティビルディングに貢献することが期待される。
新たなGAP-AMR(2026–2036年)の概要
2026–2036年のGAP-AMRは四者連携(WHO、FAO、WOAH、UNEP)が共同で策定した成果です。ここで重要なのは、環境という側面をヒトおよび動物の健康と並ぶ柱として位置づけた点です。10年前のアクションプランよりも、ワンヘルス・アプローチがさらに包括的な形でAMR対策の基本に据えられました。他にも、WHOの独立評価部門が行った包括的レビューの提言を踏まえ、ヒト・動物・環境のデータを連動させる統合的サーベイランス、抗菌薬サプライチェーンの強靭性、ならびに感染予防と合理的な抗菌薬使用を支えるプライマリ・ヘルス・ケア強化といった教訓が反映されています。
構造面での大きな変化は、戦略目標が5つから6つへと拡大されたことです。新たに加わった6つ目の目標には、過去10年間で明らかになった実装面や財政面の課題に対応するため、分野横断的なガバナンス、持続可能な財源確保、説明責任という3つの要素が含まれています。また、前回のGAP-AMRが予防を3つ目の目標に位置付けていたのに対して、今回はそれを維持したうえで、予防ファースト(prevention-first)をアクションプラン全体を貫く考え方としてより重視しています
この予防を重視する枠組みのもとで、ワクチン接種は、感染予防・管理、水と衛生(WASH: water, sanitation, and hygiene)、および抗菌薬の適正使用と並んで、AMR政策の中核の1つとして位置づけられています。GAP-AMRは、予防接種率の低さがAMRを広げる主要な要因の一つであると指摘し、予防可能な感染、抗菌薬の使用、薬剤耐性の発生・拡大を抑えるため、加盟国に対して国家予防接種プログラムの強化を求めています。これらの取り組みが見据えるのは、2024年の国連政治宣言が掲げ、新たなGAP-AMRにも引き継がれた「2030年までに細菌性AMRに関連するヒトの死亡を10%削減する」という目標です。GAP-AMRでは、予防への投資を抗菌薬の適正使用や安全な廃棄と併せて拡大すれば、2025年から2050年までに1億1,000万人を超える死亡を回避し、1兆米ドル近い経済的便益を生み出しうると推計しています。 また、公平なアクセスのための仕組みも強化されており、抗菌薬への持続可能なアクセスに関するSECUREイニシアチブもその一つです。

GAP-AMR採択に至る道のり
改訂のプロセスは、2024年9月の国連総会ハイレベル会合で採択された政治宣言が、四者連携に対し2026年までのGAP-AMRの改訂を要請したことに始まります。政治宣言の要請を受けて、2025年5月の第78回世界保健総会は改訂作業を承認しましたが、交渉プロセスでは加盟国間で長期にわたる協議が必要となりました。その結果、新たなGAP-AMRは2026年5月の第79回世界保健総会での提出が求められていたにもかかわらず、それに先立つ2026年2月の第158回WHO執行理事会では草案の採択が見送られました。
見送りに繋がった大きな論点の1つが、知的財産(IP: Intellectual Property)および技術移転に関する規定です。これはイノベーションと公平なアクセスをどう両立させるかという、グローバルヘルス領域で長年続いてきた議論を反映したものでした。
一部の加盟国は、技術移転を「自発的かつ相互に合意した(voluntary and mutually agreed)」ことを前提として行うものとする文言に懸念を示しました。その背景には、技術の提供が産業界の判断に委ねられる可能性が高く、低・中所得国では、後発医薬品(ジェネリック)の製造能力の強化や、有事下での必要な医療技術へのアクセスを確保するための選択肢が狭まりかねないという事情があります。これに対し、別の加盟国や業界団体は、研究開発や技術移転に関する自発的な協力の仕組みは既に定着しており、これまで持続可能なイノベーションを支えてきたと強調しました。数か月にわたる協議を経て、加盟国は「国際的および国内的な規則を尊重しつつ、知識の共有およびAMR関連技術の移転を促進すること(the promotion of knowledge sharing and the transfer of AMR-related technologies, respecting international and national rules in line therewith)」という表現を採用することで合意しました。しかしながら、公平なアクセス、持続可能なイノベーション、そしてタイムリーな対応で均衡を図ることは、本プランの10年間にわたって中心的な論点でありつづける可能性が高いと考えられます。
日本への示唆:国内政策の進展とグローバルなリーダーシップ
そのなかでも日本は、世界のAMR対策において一貫して主導的な役割を果たしてきました。2016年のG7伊勢志摩サミットで、AMRをG7の保健アジェンダとして取り扱うだけではなく、2023年のG7広島サミットで議長国を務めた際には、広島首脳コミュニケを通じて、抗菌薬のパイプライン強化、公平なアクセスの推進、そして研究開発の支援を改めて確認しています。なかでも、研究開発の支援は、CARB-X(Combating Antibiotic-Resistant Bacteria Biopharmaceutical Accelerator)やグローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ(GARDP: Global Antibiotic Research and Development Partnership)を通じて国としても積極的に支援を継続しています。民間企業もAMRアクションファンド等を通じた研究開発の進展に力を入れています。こうした多国間の枠組みに加えて、日本はより直接的な支援にも関わってきました。その一例が、設立パートナーを務めるグローバルヘルス技術振興基金(GHIT Fund: Global Health Innovative Technology Fund)です。同基金は、マラリアや結核、顧みられない熱帯病(NTDs: Neglected Tropical Diseases)といった顧みられない疾患の研究開発を支援しており、そのなかには薬剤耐性結核をはじめとするAMR対策に関わる取り組みも含まれます。
2015年のGAP-AMRを受けて、日本はAMRに関する初めての国家行動計画である薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2016–2020年)を策定しました。GAP-AMRが定めた5つの戦略目標に加えて、日本独自の目標として国際協力を6つ目に据えた点が特徴的です。この計画のもと、日本のAMR対策は着実に進んできました。例えば、主に医師を対象とした抗菌薬の適正使用プログラム、市民向けの普及啓発キャンペーン、医療機関の抗菌薬適正使用に対する財政的インセンティブなどを通じて、経口抗菌薬の販売量の削減(2021年までに約32.7%) を実現しています。ただし、この減少の一部は 新型コロナウイルス感染症拡大期に受診が抑制されたことも影響している可能性があり、これから改めて動向を注視する必要があるとも考えられます。
多くの高所得国と同様に、日本の最初のアクションプランのもとでの進捗は、指標によって濃淡がありました。経口抗菌薬の使用量が大きく減少した一方で、病院における注射薬の使用は同様の減少はみられませんでした。また、フルオロキノロン耐性の大腸菌を含む一部の重点病原体の耐性率は、当時のアクションプランの期間(2016-2020年)を通じて高止まりし、目標とした水準の達成には至りませんでした。
こうした知見は、後継である薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023–2027年)の設計に反映されました。同アクションプランは、6つの戦略目標から成る構造を維持しつつ、いくつかの点を強化しています。具体的には、ワンヘルス・アプローチの枠組みを活用したゲノムサーベイランス、抗菌薬の研究開発パイプラインを支えるための市場インセンティブ、感染予防・管理とワクチン接種などが挙げられます。また、薬剤耐性ワンヘルス動向調査年次報告書(NAOR: Nippon AMR One Health Report)の継続的な発行と拡充もその1つです。この報告書はヒト・動物・食品・環境のデータを一元的にまとめており、アジア太平洋地域でも有数の統合的なAMRデータとなっています。
新たなGAP-AMRは、日本の今後の取り組みにいくつかの示唆を与えています。第一に、財源と計画策定の面です。現行の薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027年)が終盤に近付くなか、次期アクションプランの検討も視野に入ってきます。そのとき、新たなGAP-AMRが持続可能な財源確保と説明責任を重視していることを踏まえれば、日本の次期NAPでも必要な費用をあらかじめ見積もることが期待されます。そして、2030年までに細菌性AMR関連死を10%削減するという目標にも沿った測定可能な指標で進捗を確認できるようにすることが、これまで以上に重要になります。あわせて、同じく2030年に持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)が一区切りを迎えることを見据えれば、ポストSDGs時代のなかで国際社会が目指す姿やAMR対策に期待される目標・指標づくりに貢献していく必要もあります。第二は、ワンヘルス・アプローチの環境面が強化された点です。排水や農業・食料システムにおける残留抗菌薬のモニタリングなどを通じて、厚生労働省、農林水産省、および環境省の連携を深める機会が広がることが期待されます。最後に、アジア太平洋地域における日本の役割です。サーベイランスや検査ネットワーク、抗菌薬へのアクセスなどの領域で日本が積み重ねてきた経験は、他の国や地域でもキャパシティビルディングに活かせるものです。こうした国際連携の取り組みは、WHA79 で採択されたGAP-AMRを各国での実施に結びつけるうえで重要な意味を持ちます。
もちろんこうした取り組みを担うのは、政府だけではありません。産官学民それぞれに役割があり、市民社会やマルチステークホルダーのプラットフォームにも、果たすべき役割があります。日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)や、HGPIが事務局を務めるAMRアライアンス・ジャパンでも、国内外での政策対話や政策提言にとどまらず、自治体や地域での学修支援・啓発活動に取り組んでいます。
おわりに
2026年5月23日に2026–2036年のGAP-AMRが採択され、第79回世界保健総会は、世界のAMR対策における重要な節目となりました。新たなGAP-AMRは、2024年の国連ハイレベル会合の政治宣言に沿ったより明確な数値目標、四者連携によって制度化されたワンヘルス・アプローチの体制、そして公平性・アクセス・予防へのさらなる重点などを組み合わせながら、前身のGAP-AMRが抱えていた課題に対処しています。
一方で、引き続き目を向けるべき課題も指摘されています。例えば、紛争の影響を受ける地域でのAMRに関する指針がまだ限られていること、質の低い抗菌薬や偽造された抗菌薬が出回り、AMRを広げる一因となり続けていることなどが挙げられます。
とはいえ、GAP-AMRが掲げた野心的な目標を実現できるかどうかは、最終的にはジュネーブで採択された文言そのものだけではなく、その後に続く財源の確保、説明責任の仕組み、そして各国レベルでの実施にかかっています。日本にとっても、来たる10年間は、国内で積み上げた成果を確かなものとしながらも、アジア太平洋地域における地域連携を強化し、抗菌薬の有効性を将来の世代へと引き継ぐためのより公平な国際的な仕組みづくりに貢献していく好機となるはずです。
【参考文献】
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【執筆者のご紹介】
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 アソシエイト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
