【調査報告】AMR Policy Update #8:幼児期から育む抗菌薬スマートな社会-Antibiotic Smart Swedenによる認証制度と保育・幼児教育への示唆-(2026年7月1日)
薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)は世界の公衆衛生にとって重大な脅威であり、その克服には、市民へのわかりやすい情報提供や教育を含む、多面的で継続的なアプローチが欠かせない。AMR対策の多くは医療従事者や成人、学生を主な対象としてきたが、生涯にわたる健康習慣の土台は幼少期に形づくられる。こうした課題意識のもと、2025年9月にスウェーデン北部のヴィンデレン地区に位置するプラットブッブラン プリスクール(Pratbubblan Preschool)を訪問し、幼児期における先進的な感染予防の取り組みについて現地でインタビューを行った。

図1:スウェーデン ヴィンデレン地区のプラットブッブラン プリスクールの外観
(出典:プラットブッブラン プリスクール公式Facebook)
幼児期からのAMR対策という視点
スウェーデンでは、AMR対策に社会全体として取り組むことを目指すAntibiotic Smart Swedenという全国的なイニシアチブが展開されている。公衆衛生庁、RISE(Research Institutes of Sweden)、Strama、ReActが中核となり、医療機関にとどまらず、複数の自治体や地域と連携しながらAMR対策を推進し、抗菌薬スマートな社会の実現を目指している。
そのなかでも、Antibiotic Smart Swedenによる幼稚園・保育施設向け認証プログラムは、AMRへの気づきと感染予防の習慣づけをライフコースのなかでもごく早い段階から育む仕組みとして位置づけられている。この制度では、子どもたちの日常生活に手指衛生や感染予防の原則を組み込むことで、感染症の発生と拡大を抑え、抗菌薬に頼らざるを得ない場面を減らすとともに、衛生環境や健康に関する基礎的な理解を促すことを目指している。あわせて、子ども、教職員、保護者が一体となって取り組むことで、感染症の予防を軸に園全体の健康づくりを進め、より健康なコミュニティ形成に貢献する枠組としても設計されている。
2024年にAntibiotic Smart Swedenの認証を取得したプラットブッブラン プリスクールは、幼児教育におけるAMR対策の具体的な実践とその効果を示す象徴的な事例の一つである。同園では、教職員のLina氏とHelena氏が「子どもたちの健康を守りたい」という思いから認証プログラムへの参加を提案し、園長Galatia氏の後押しを得て、2024年2月に準備を開始し、同年11月に認証取得に至った。その過程では、Antibiotic Smart Swedenチームによる教材や研修と、幼児教育現場での創意工夫が相互に作用することで、感染予防の取り組みが単一の取り組みではなく、園全体の文化として根づいていったことが特徴的であり、他地域への展開を検討するうえでも示唆に富んでいる。
図2:プラットブッブラン プリスクールでは2024年11月にAntibiotic Smart Swedenの認証を取得
(出典:Sweden newspaper “Folkbladet”)
清潔とケアを中心に据えた園のカリキュラム
認証プロセスの核となったのは、衛生を軸にした体系的な日課づくりである。プラットブッブラン プリスクールでは、子どもたちの日々の基本的な行動を整理した詳細なチェックリストを作成し、登園時と昼食前の手洗いを全園児の必須ルールとしたほか、交差感染を防ぐための一人一枚のタオル使用や、適切なトイレの使い方を徹底している。
また、体調不良の子どもが増えた際には、机や椅子などの教室設備の消毒頻度を高めるといった「状況に応じた清掃(リアクティブ・クリーニング)」も実施している。清掃を教職員自身が担っているため、新しいルールを迅速かつ一貫して運用できる点も同園の強みである。Antibiotic Smart Swedenによる研修では、消毒液を体液に直接噴霧するのではなく、タオルに吹きつけてから拭き取ることで飛沫拡散を防ぐなど、現場で応用しやすい具体的な技術が共有された。
こうした日課の整備と並行して、衛生の価値そのものを子どもたちに伝えるためにカリキュラムも再設計している。目に見えない「ばい菌の世界」を直感的に理解できるよう、シナモンと油を使って細菌の広がり方を視覚化する実験や、細菌をテーマにした吹き絵など、遊びと学びを組み合わせた活動を取り入れている。さらに、正しい手洗い方法や咳・くしゃみのエチケットといった個人衛生について、年齢に応じた授業を行っている。健康、ウェルビーイング、セルフケアに関するメッセージを補強するため、関連する絵本や物語を繰り返し読み聞かせるなど、「楽しい日常」のなかに自然に衛生の概念を織り込んでいる。
保育園・幼稚園と家庭が共に育む健康なコミュニティ
このプログラムでは、保護者を含めた「園全体のチーム」としての取り組みが重視されている。Antibiotic Smart Swedenは保護者向けの資料を提供し、園側も子どもの体調や感染状況についてこまめな情報共有を行うことで、家庭との連携を強化している。家庭では、持ち物の洗濯や園で身につけた手洗いなどの衛生習慣を継続することが推奨されており、園と家庭の双方で一貫した行動変容を支える仕組みが整えられている。
こうした全人的なアプローチによって、子どもたちの日常のさまざまな場面で、健康的な習慣が無理なく実践される環境づくりが進んでいる。また、人・動物・環境の健康のつながりを重視するワンヘルスの考え方は、現時点で認証要件として明文化されてはいないものの、プラットブッブラン プリスクールではすでに実践レベルで取り入れられている。具体的には、園児たちは一日におよそ4時間を屋外で過ごし、その時間を活かして、ごみの分別やリサイクルといった環境への配慮を学ぶ機会を持っている。こうした取り組みは、個人の健康と衛生だけでなく、環境への責任も含めた、より広い意味での「健康」を子どもたちが体感的に理解することに繋がっている。
保育・幼児教育におけるAMR学修支援への示唆
プラットブッブラン プリスクールの経験からは、このような認証プログラムを各地に広げていく際の実務的なハードルも見えてくる。第一に、プログラムの実施には教職員の一定の時間的・業務的負担が伴い、それ自体が導入の壁となりうる。第二に、園の運営体制の違いも重要である。同園のように教職員が清掃まで一体的に担える環境では比較的スムーズに取り組みを進められる一方、清掃を別スタッフや外部事業者に委託している園では、追加の研修や情報共有の枠組みが欠かせない。
そのうえで、同園の成功を支えているのは、教員と園長の強い意思と丁寧な協働である。こうしたリーダーシップとチームワークにより、子どもの病欠が減少するなど、園全体の健康状態の改善が実感されている。また現在では、自園の枠を超えて他の保育施設にも参加を呼びかけるアンバサダーとしての役割も担い始めており、プログラムの横展開を後押しする存在となっている。
就学前教育を対象としたAntibiotic Smart Sweden認証プログラムは、教育の入口段階からAMRへの理解と関心を育むうえで、有望なモデルと言える。感染予防という具体的で日常的な行動に焦点を当てることで、複雑な科学的テーマを、子ども、教育者、保護者が理解しやすく、かつ行動にも結びつけやすい形に翻訳している点が特徴である。プラットブッブラン プリスクールの事例は、保育の現場で基本的な衛生習慣を徹底することが、現在の健康状態の改善に寄与するだけでなく、将来のヘルスリテラシーの高い社会を支える土台づくりにもつながる可能性を示している。
【執筆者のご紹介】
リン クララ(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
