【調査報告】AMR Policy Update #6:新たな薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン(前編)
<POINTS>
- 薬剤耐性(AMR: Antimicrobial Resistance)は、深刻な格差を伴う地球規模の健康課題である。2021年には細菌性AMRだけで推定114万人が死亡している。2050年までにその数は最大3,900万人に達する可能性があるとされ、その負担は低・中所得国に最も重くのしかかっている。
- 2015年には、薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン(GAP-AMR: Global Action Plan on Antimicrobial Resistance)が策定された。このGAP-AMRに基づく10年間の取り組みを経て、重要な課題が浮き彫りとなった。例えば、178の国家行動計画(NAP: National Action Plan)のうち、実際に実施されているのは68%にとどまり、国内財源が確保されているのはわずか11%である。また、2015年のGAP-AMRは期限付きの目標がなく、公平なアクセスよりも抗菌薬の適正使用に重きが置かれていた。
- 2026年、第79回世界保健総会(WHA: World Health Assembly)で新たなGAP-AMRが採択された。2015年以来初の改定であり、四者連携(Quadripartite(クアドリパタイト))によって策定された本計画は、ワンヘルスの重要性を改めて確認するとともに、より説明責任があり、公平で、測定可能な枠組みを目指している。
はじめに
薬剤耐性(AMR)は、21世紀を象徴する公衆衛生上の課題の一つとして広く認識されています。2021年には、細菌性AMRだけで推定114万人の死亡を直接的に引き起こし、世界全体で470万人の関連死をもたらしたとされ、その負担は低・中所得国に集中しています。断固たる対策が講じられなければ、AMRは10年以内に世界の平均寿命を1.8年短縮させ、AMRによって命を落とす人々は2050年までに最大3,900万人に達する可能性があります。
こうした状況を背景に、2026年5月18日からスイス・ジュネーブで開催された第79回世界保健総会(WHA: World Health Assembly)は、一つの節目となりました。2026年5月23日、加盟国は2026年から2036年を対象とする薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン(GAP-AMR: Global Action Plan on Antimicrobial Resistance)の改訂版を採択しました。これは、2015年以来初めてとなる世界のAMR対策の包括的な見直しです。新たなアクションプランは、四者連携(Quadripartite(クアドリパータイト))、すなわち世界保健機関(WHO: World Health Organization)、国際連合食糧農業機関(FAO: Food and Agriculture Organization of the United Nations)、世界動物保健機関(WOAH: World Organisation for Animal Health)、および国連環境計画(UNEP: United Nations Environment Programme)によって共同で策定されました。また、世界のAMR対策の基本原則として、ワンヘルス・アプローチの重要性を反映しています。今回のアクションプランは、政治的コミットメントの再確認であると同時に、10年間の実施から得られた教訓を、より説明責任を伴い、公平で、測定可能な枠組みへと反映させたものとなりました。
これまでのGAP-AMR(2015-2025年)
薬剤耐性に関するグローバル・アクション・プラン(GAP-AMR: Global Action Plan on Antimicrobial Resistance)は、AMRが主に人の健康に対する重大な脅威であるとの認識を出発点として、2015年の第68回世界保健総会(WHA68)における合意を経て策定されました。そして、5つの戦略目標を通じて、感染症の治療と予防を確かなものにすることが重視されました。
- 効果的なコミュニケーション、教育、トレーニングを通じ、AMR対策の認識と理解を広げる
- サーベイランスや研究により、知識やエビデンスを強化する
- 公衆衛生や衛生状態の向上、感染予防策を通じて感染症の頻度を減らす
- 人や動物に対する抗菌薬の使い方を適正化する
- すべての国々に必要な投資を継続的に行い、新規薬剤や診断ツール、ワクチンなどの開発への投資を増やす
加盟国は、2年以内に国家行動計画(NAP: National Action Plan)を策定するよう求められました。この最初のGAP-AMRはAMRをグローバルヘルスにおける継続的な重要課題として位置づけた一方で、具体的で期限を定めた数値目標はなく、各国レベルでAMR対策の実施を促す拘束力のあるロードマップというよりは、今後の方向性を示す青写真としての性格が強いものでした。
その後の10年間で、2015年のGAP-AMRは一連の政治レベルでの動きを経て強化されていきました。2016年に開催された薬剤耐性に関する第1回国連総会ハイレベル会合では、各国首脳が協調的な対応に取り組むことを約束する政治宣言が採択されました。その後、AMRはG7およびG20の保健アジェンダとして相次いで取り上げられ、2023年のG7広島首脳コミュニケでは、抗菌薬の研究開発(R&D)に対するプッシュ型・プル型インセンティブ、ならびに抗菌薬へのアクセスと適正使用への取り組みが再確認されています。2024年の薬剤耐性に関する国連ハイレベル会合を前に重要な一歩となりました。
同時に、AMR対策を支える国際社会のガバナンス構造も進化してきました。2016年の国連総会ハイレベル会合では、薬剤耐性に関する関係機関調整グループ(IACG: Interagency Coordination Group)の設置が要請されましたこれを受け手IAGGは2017年に発足し、IACGは2019年の報告書「もはや猶予はない(No Time to Wait)」において、より強固で協調的なワンヘルス・アプローチに基づいた対応を求めるとともに、グローバル・リーダーズ・グループ(GLG: Global Leaders Group on AMR)や合同事務局といったAMR対策のための常設のガバナンス構造の必要性を提言しています。その後、2020年にGLGが立ち上がり、2022年には、UNEPの正式参加により四者連携体制が確立、薬剤耐性に関する四者合同事務局(Quadripartite Joint Secretariat on AMR)も正式に設置されました。こうして世界レベルでの分野横断的な調整が制度化され、従来よりもさらに強固なガバナンス構造がもたらされました。
進捗と課題
178か国がNAPを策定しているものの、現在実施されているのは68%にとどまり、国内予算が確保されているのはわずか11%にすぎません。 低・中所得国では状況はさらに深刻です。2024年時点で、分野横断的な計画に対する具体的な財政措置を報告した国は10%にすぎませんでした。
2015年にWHOのグローバル薬剤耐性サーベイランスシステム(GLASS: Global Antimicrobial Resistance and Use Surveillance System)が立ち上げられたことで、データ共有能力は大幅に向上しました。しかし、最新の2025年のGLASSデータは、薬剤耐性の負担が大きい地域ほど、それに対応する体制が整っていないという不均衡を浮き彫りにしています。例えば、いわゆる最後の手段(last-resort)とされるカルバペネム系抗菌薬に対する耐性は危機的な水準にあり、この傾向は特に検査体制の基盤が脆弱で、資源の限られた環境において顕著に見られます。 2023年には診断能力の強化に関する世界保健総会決議(WHA76.5)が採択され、それに続くWHOのAMR診断イニシアチブも既に始動していますが、診断能力の強化はAMR対策の中核の1つであり、さらなる展開が期待されます。
さらに、2015-2025年のGAP-AMRが適正使用に重点を置いた一方で、公平なアクセスには同じだけの重きを置かなかった点も課題です。実際、2021年には、低・中所得国では、耐性感染症で亡くなった人よりも、必要な抗菌薬にアクセスできずに命を落とした人のほうが多かったことが報告されています。AMRの負担が既に低・中所得国に偏っていることを踏まえると、この状況はとりわけ懸念されます。貿易や旅行、人の移動を通じて日本とアジア太平洋地域は密接に結ばれており、近隣諸国でAMR対策への投資が滞れば、地域共通の健康安全保障上のリスクに繋がりかねません。
【参考文献】
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【執筆者のご紹介】
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
ケイヒル エリ(日本医療政策機構 アソシエイト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
