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耐性菌の増加は、入院・外来を問わずがん患者の感染リスクを高めている。国内では発熱性好中球減少症の予防に用いられるフルオロキノロンに耐性の大腸菌の割合が約4割と高い。- 不要な広域抗菌薬使用は、がん治療の成績にも影響し得る。免疫チェックポイント阻害薬などの免疫療法を受ける患者では、抗菌薬による腸内細菌叢の変化が治療成績の悪化と関連することが報告されており、感染症治療とがん治療のバランスが一層重要になっている。
- がん医療の進歩を十分に活かすうえでも、AMR対策は今後いっそう重要な課題と認識すべきである。がん対策とAMR対策を一体的に捉えた政策議論も期待される。
なぜこうした抗菌薬の効果が薄れるような変化が起きているのでしょうか。その背景には、薬剤耐性の進行が大きな要因の1つとして存在すると考えられています。薬剤耐性とは、細菌(病原体)が抗菌薬にさらされるうちに、遺伝子変異などにより耐性を獲得し抗菌薬に対して抵抗力をつけることで、同じ抗菌薬の効果が以前よりも小さくなることや、効果を発揮しなくなることを指します。
大腸菌は、好中球減少時の主な発熱原因である感染症を引き起こす主要な起因菌の一つです。発熱性好中球減少症の予防にはフルオロキノロンと呼ばれるタイプの抗菌薬を使用することが多いのですが、国内では大腸菌への耐性化の度合い(耐性率)が高いことが知られています。
国や地域による耐性率の違い
細菌の耐性率は抗菌薬の使用状況や衛生環境などの影響を大きく受けるため、地域によって異なります。例えば欧州では、歴史的に南ヨーロッパ地域を中心にフルオロキノロン耐性大腸菌が30%から40%と高い割合にあります1。近年では、日本でもフルオロキノロン耐性大腸菌の割合は2013年に35.5%だったのに対して、2021年には40.4%と同水準の高い耐性率を示しており、その割合は増加傾向にあります2。
入院環境で高まるリスク
日本国内の入院患者の耐性率はさらに高く、2007年には全入院患者中から分離された大腸菌のうち24%だったフルオロキノロン耐性の割合が、2020年には41.5%にまで上昇しています3 4。がん治療の影響で免疫力が低下した患者が多く集まる入院環境では、耐性菌が発生・定着しやすく、抗菌薬による感染症予防や治療が難しくなることが懸念されます。これは、広域抗菌薬と言われるたくさんの種類の菌に広く作用する種類の抗菌薬が繰り返し使用されることで耐性菌が生じやすくなり、耐性菌の存在に気付いた時にはすでに病棟内の複数の患者間に広まっている場合もあります。
外来治療と耐性菌の課題
一方で、外来で抗がん剤治療を受ける患者の中にも、好中球が減少するケースも存在し、入院中とは異なるインフルエンザや新型コロナウイルスなど街中で流行する感染症へのリスクや、耐性菌による問題を抱える可能性があります。
それにもかかわらず外来治療が選択されるのは、近年、がん治療の外来移行が進んでいることに加え、患者の生活環境が整っており、通院での治療が可能と判断されるケースが増えているためです。患者の日常生活の選択肢が広がるという意味では、がん医療における大きな進歩といえます。一方で、高度な好中球減少により感染リスクが高い患者であっても、外来管理が行われる場合があります。
最先端治療と抗菌薬のジレンマ
さらに、近年では、免疫チェックポイント阻害剤が固形がんの患者を中心に臨床現場で広く使用されています。しかし、この治療法を使用する患者が広域抗菌薬の曝露を受けると、治療成績が悪化するデータが多く報告されています5。特に、免疫チェックポイント阻害剤を投与前1か月以内に広域抗菌薬が投与されていた場合は、投与されていなかった場合と比較すると治療後の生存率が低下するという結果が報告されています。2020年前後に行われた107の研究を統合した解析でも、がん患者の全生存期間や無増悪生存期間が有意に短縮されることが報告されました6。
この現象の原因は、広域抗菌薬の使用によって腸内細菌叢のバランスが乱れることにより、がんを攻撃するT細胞の働きが低下することで免疫チェックポイント阻害剤の効果が弱まり、がんに対する効果が減少してしまいます。重症感染症の治療には広域抗菌薬の使用が不可欠ですが、がん治療の現場においても抗菌薬の適正な使用が強く求められ、腸内細菌叢への影響を最小限に抑える工夫が必要と考えられます。
AMR対策を通じてがん医療を守る
薬剤耐性の影響で抗菌薬の効果が低下し、感染症の予防や治療が困難となると、がん患者はがん治療の場で本来あるべき治療を断念せざるを得ない恐れが生じます。抗がん剤治療中に感染症にかかると、一時的に治療を中断せざるを得ません。また、がん治療中に重症の感染症にかかると、次のサイクルの抗がん剤を予定通りの量で投与できなくなる、あるいは治療自体を延期するといった事態にもなりかねません。その結果、十分な量の抗がん剤を予定通りに投与できなくなる恐れも出てきます。感染症による死亡や感染症による重篤な後遺症や合併症が発生する恐れもあります。
がん医療の進歩を十分に活かすうえでも、AMR対策は今後いっそう重要な課題です。2026年にはがん対策基本法の成立から20年を迎え、第4期がん対策推進基本計画の中間評価も本格化します。こうした節目に、がん対策とAMR対策を一体的に捉え、両者を視野に入れた政策議論を進めていくことが期待されます。
※本記事は2024年4月23日に開催しましたグローバル専門家会合「薬が効かなくなる日-薬剤耐性(AMR)が広がると何が起こるのか-」でのディスカッションを元に、追加でインタビューを行い作成いたしました。
【参考文献】
- European Centre for Disease Prevention and Control. (2025). Surveillance of antimicrobial resistance in Europe, 2024 data [Executive summary]. Stockholm: ECDC. Retrieved from https://www.ecdc.europa.eu/en/publications-data/surveillance-antimicrobial-resistance-europe-2024-data
- 厚生労働省. (2023). 『薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023–2027)』. 厚生労働省. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001096228.pdf
- Tsuzuki, S., et al. (2022). Antimicrobial prescription practices for outpatients with respiratory infections in Japan: A retrospective claims database study. Scientific Reports, 12, 5949. https://www.nature.com/articles/s41598-022-09946-8
- 厚生労働省. (2024). 『院内感染対策サーベイランス事業(JANIS) 検査部門 年次報告』. 厚生労働省. https://janis.mhlw.go.jp/report/kensa.html
- Pinato, D. J., Howlett, S., Ottaviani, D., et al. (2019). Association of prior antibiotic treatment with survival and response to immune checkpoint inhibitor therapy in patients with cancer. JAMA Oncology, 5(12), 1774–1778. https://doi.org/10.1001/jamaoncol.2019.2785
- Crespin, A., Vasseur, A., et al. (2023). Impact of antibiotic use on clinical outcomes of cancer patients treated with immune checkpoint inhibitors: A systematic review and meta-analysis. Frontiers in Oncology, 13, 1075593. https://doi.org/10.3389/fonc.2023.1075593
【謝辞】
冲中 敬二(国立がん研究センター東病院 感染症科/国立がん研究センター中央病院 造血幹細胞移植科(併任))
本レポートを作成するにあたり、多くのご助言とご指摘をいただきました。感謝申し上げます。
【執筆者のご紹介】
若田部 健太(日本医療政策機構 インターン)
塚本 正太郎(日本医療政策機構 シニアアソシエイト)
コ ゲール(日本医療政策機構 プログラムスペシャリスト)
河野 結(日本医療政策機構 マネージャー)
