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【開催報告】HGPI-慶應義塾大学 共同講義「AMR対策を考える ー 研究から政策へ、日本から世界へ」(2025年10月1日)

日本医療政策機構(HGPI)と慶應義塾大学は、「AMR対策を考える ー 研究から政策へ、日本から世界へ」をテーマに、共同講義を開催しました。今回は、慶應義塾大学医学部の南宮湖氏、上蓑義典氏と、GARDP(Global Antibiotic Research and Development Partnership)のジェニファー・コーン氏をお招きしました。本共同講義は、高校生、大学生、医療従事者、国や地方の政策立案者など幅広い方々にご参加いただき、AMR対策のみならず医療政策の未来に向けた議論を行うことができました。

南宮氏は、AMR対策を世界的な課題として捉えるグローバルな視点と、日々の臨床現場での地道な実践として捉えるローカルな視点の両方が効果的なAMR対策の進展に不可欠であると強調しました。また、近代日本医学の父と言われる北里柴三郎の貢献を事例に歴史的な観点からも多面的にAMR対策を考える重要性に触れていただきました。その一方で、抗菌薬の適正使用を臨床現場で実践していくことの重要性を強調し、医師だけでなく、薬剤師、看護師、臨床検査技師、事務など多職種が一体となってAMR対策に取り組む抗菌薬適正使用支援チーム(AST: Antimicrobial Stewardship Team)の重要性についても説明しました。

上蓑氏は、検査はAMR対策の出発点であると述べ、「診断の適正化(Diagnostic Stewardship)」が「抗菌薬の適正使用(Antimicrobial Stewardship)」と両輪をなす重要な概念であることを説明しました。また、技術進歩により菌種の同定にかかる時間が短縮され、治療の最適化に大きく貢献した実例も紹介しました。その一方で、地方の医療機関では専門人材や設備が不足していることで大学病院と同水準の検査ができる環境ではなく、結果的に地域によって検査体制に大きな違いが生じていることを指摘しました。この課題に対し、将来的にはDX(Digital Transformation)の活用や検査機能を持つ設備の一元化や機能分配を進め、地域全体で診断能力を底上げする必要があるという見解も示されました。

コーン氏は、AMRという課題をグローバルな視点から分析し、その核心にある二つの危機的状況を指摘しました。一つは、新規抗菌薬の市場の健全性についてです。抗菌薬の研究開発は投資収益率(ROI: Return on Investment)が極めて低いことから、大手製薬企業が研究開発に着手しづらいという厳しい現状が示されました。二つ目は、新規抗菌薬が開発されても、最もそれを必要とする低中所得国(LMICs: Low and Middle Income Countries)の患者に届かない、アクセス上の課題です。抗菌薬の脅威はLMICsだけでなく全ての国にとって深刻な課題であり、命や生産性、経済的成長に影響を与えるため、イノベーションと公平な利用のためのアクセスを改善する必要があることが指摘されました。

質疑応答のセッションでは、主に抗菌薬の研究開発とアクセス、そして臨床現場での検査・教育の課題に焦点を当てた議論が交わされました。新規抗菌薬のLIMICsへのアクセス確保と適正使用の両立、AMR対策における資金調達の課題、産業界の事業継続性、迅速診断の効果と臨床検査技師教育、市中病院の検査体制の現実性など、分野横断的に質疑が行われました。

最後に閉会挨拶では長谷川氏から、AMR対策には「共生」つまり、互いに助け合うという姿勢が重要であり、日本は、製品開発や技術提供にとどまらず、薬剤師・臨床検査技師・看護師など多様な専門職の人材育成や感染対策教育を通じて、様々な形で、LIMICsも含めた国際社会に貢献していく必要があると示されました。 加えて、AMR対策は、病原体を特定した上で治療することが大事だが、特にLMICsでは、拡大を防ぐための感染対策も重要であると強調されました。


【開催概要】

 

【プログラム】(敬称略・順不同)

18:00-18:05 開会挨拶・趣旨説明

河野 結(日本医療政策機構 マネージャー/AMRアライアンス・ジャパン)

18:05-18:15 講演1「Tackling AMR: Think Globally, Act Locally」

南宮 湖(慶應義塾大学 医学部 感染症学教室 教授)

18:15-18:30 講演2「AMRにおけるDiagnostic Stewardship」

上蓑 義典(慶應義塾大学 医学部 臨床検査医学教室 専任講師)

18:30-19:00 講演3「Advancing Equitable Access to Antibiotics: Status, Challenges, and Approaches」

ジェニファー・コーン(GARDP グローバルアクセス部門ディレクター)

19:00-19:25 質疑応答

19:25-19:30 閉会挨拶

長谷川 直樹(横浜市立市民病院 統括副院長)

 

【登壇者プロフィール】

ジェニファー・コーン(GARDP グローバルアクセス部門ディレクター)
ジェニファー・コーンは、低・中所得国での医療製品や医療モデルのアクセスと普及の向上に取り組む感染症専門の医師です。現在、グローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ(The Global Antibiotic Research & Development Partnership:GARDP)でグローバルアクセス部門ディレクターを務めるとともに、ペンシルベニア大学医学部グローバルヘルスセンターの感染症学臨床准教授および研究員を兼任しています。
GARDPに参加する前は、Resolve to Save Livesで心血管疾患担当シニアバイスプレジデント、エリザベス・グレイザー小児エイズ財団でイノベーション担当シニアディレクター、国境なき医師団(MSF)アクセスキャンペーンの医療調整役を歴任しました。また、結核、HIV、非感染性疾患、ウイルス性肝炎に関する国際諮問グループにも参加しています。
これまでに査読付き医学雑誌に90本以上の論文を発表しています。ペンシルベニア大学で医学博士号(MD)を取得し、米国内科医認定機構(American Board of Internal Medicine)により内科および感染症の専門医として認定されています。さらに、ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院で公衆衛生学修士号(MPH)を取得しています。

南宮 湖(慶應義塾大学 医学部 感染症学教室 教授)
南宮 湖(なんぐん ほう)は、呼吸器感染症、特に非結核性抗酸菌症(NTM)およびCOVID-19に関するトランスレーショナルリサーチを専門とする感染症医です。現在、慶應義塾大学医学部感染症学教室 教授、および同大学病院 臨床感染症センター長を務め、感染症制圧に向けた学際的かつ国際的な研究基盤の構築に尽力しています。慶應義塾大学医学部を卒業後、総合病院国保旭中央病院にて臨床研修を修了し、2018年より米国国立衛生研究所/国立アレルギー・感染症研究所(NIH/NIAID)にて呼吸器感染症の疾患感受性遺伝子の研究に従事し、2020年にはジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院で公衆衛生学修士号(MPH)を取得しています。
COVID-19パンデミック下では「コロナ制圧タスクフォース」の事務局を務め、国内最大規模のコホート研究およびゲノム解析を主導しました。現在は、ネクストパンデミックに備える「ネクストパンデミック・タスクフォース」を率い、臨床情報、バイオバンク、多層オミックス解析を統合した研究体制の構築を推進しています。
また、NTMに関しては国際共同研究コンソーシアムを主導し、近年ではアジア・アフリカの研究機関との連携を通じたグローバルリサーチにも積極的に取り組んでいます。

上蓑 義典(慶應義塾大学 医学部 臨床検査医学教室 専任講師)
上蓑 義典は、慶應義塾大学病院微生物検査室の責任者としてその運営にあたるとともに、感染制御部副部長として院内感染管理および感染症診療に従事する感染症専門医として、臨床の第一線で活動しています。
微生物検査室においては、臨床微生物検査の自動化・迅速化など、先駆的な検査診断体制の構築を進めると同時に、感染症専門医の視点から不要な検査の合理化にも取り組んでいます。さらに、微生物検査室の特性を活かし、さまざまな臨床研究およびトランスレーショナル研究を展開しています。

長谷川 直樹(横浜市立市民病院 統括副院長)
長谷川 直樹は、呼吸器感染症、特に抗酸菌感染症(結核および非結核性抗酸菌症)に関する臨床および研究の分野を長年にわたり牽引してきました。前日本感染症学会理事長として、日本における感染症医療の発展と人材育成に多大な貢献を果たしてきました。
前慶應義塾大学医学部感染症学教室 教授としては、呼吸器感染症に関する基礎研究・臨床研究・疫学研究を幅広く推進し、とりわけ抗酸菌感染症においては、診療ガイドラインの整備や教育・啓発活動にも尽力してきました。また、医師主導の臨床研究を数多く主導し、日本の感染症領域におけるトランスレーショナルリサーチの基盤構築にも寄与しています。指導者としても卓越しており、これまでに多くの優秀な若手医師・研究者を育成し、国内外の感染症分野において活躍する人材を輩出してきました。

■日本医療政策機構(HGPI: Health and Global Policy Institute)
HGPIは、2004年に設立された非営利・独立・超党派の医療政策シンクタンクです。中立的な立場から、幅広い分野のステークホルダーを巻き込み、市民主体の医療政策を実現するための選択肢を社会に提案しています。HGPIは未来を見据え、広い視野から新たな価値とアイデアを創出し、政治的・組織的な利害関係にとらわれることなく、公正で健やかな社会の実現を目指しています。また、日本国内のみならず国際的にも効果的な政策提言を行うことを目指し、グローバルヘルス課題の解決に向けて積極的に活動を続けています。なお、HGPIの活動は国際的にも評価されており、ペンシルベニア大学が発表する「Global Go To Think Tank Index Report」(2021年1月時点)では、「国内医療政策シンクタンク」部門で第2位、「グローバル医療政策シンクタンク」部門で第3位にランクインしています。

■AMRアライアンス・ジャパン
AMRアライアンス・ジャパンとは2018年11月に設立した、AMR対策をマルチステークホルダーで議論する独立したプラットフォームです。2025年6月現在の構成メンバーは、グラクソ・スミスクライン株式会社、「子どもと医療」プロジェクト、塩野義製薬株式会社、島津ダイアグノスティクス株式会社、動物用抗菌剤研究会、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社、日本医師会、日本医真菌学会、日本医療薬学会、日本化学療法学会、日本環境感染学会、日本感染症学会、日本小児感染症学会、日本製薬工業協会、日本TDM学会、日本病院薬剤師会、日本薬学会、日本薬剤師会、日本臨床微生物学会、ビオメリュー・ジャパン株式会社、姫路市、ファイザー株式会社、Meiji Seika ファルマ株式会社、Merck & Co., Inc.、日本医療政策機構(事務局)です。

■慶應義塾大学 医学部 感染症学教室
慶應義塾大学医学部感染症学教室では、基礎と臨床が一体となったユニークな教室体制のもと、臨床検体を用いた研究をはじめ、さまざまな感染症研究を推進しています。コロナ禍においては、100以上の病院と共にCOVID-19のトランスレーショナル研究を進めてまいりました。また、慶應義塾大学病院感染制御部および臨床感染症センターとの強固な連携により、院内感染対策や抗菌薬適正使用といった、病院機能の要となる取り組みを先進的に推進しています。今後も感染症学教室では感染症専門医育成の場として、創薬やワクチン開発に貢献する感染症治験・臨床研究のハブとして、日本・アジア・世界において中核的な役割を果たすよう取り組んでいきます。

■慶應義塾大学 グローバルリサーチインスティテュート
慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート(KGRI)は、2016年11月に、学部・研究科横断的な全塾的研究組織として慶應義塾に設置されました。KGRIは、学問領域や国・地域におさまらない学際的、国際的連携研究を推進し、その研究成果を国内外へ発信するとともに、さらなる連携研究を促進することを目的としています。 この目的を達成するために、KGRIには、外部資金やKGRI内助成により、40を超えるセンターやプロジェクトが設置され、基礎研究からグローバルな社会課題の解決を目指すものまで、さまざまな研究が進められています。

■グローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ(GARDP: Global Antibiotic Research and Development Partnership)
グローバル抗菌薬研究開発パートナーシップ(GARDP(ガードピー))は、公衆衛生上の深刻な問題のひとつである薬剤耐性菌感染症の増加と蔓延から人々を守るために活動する非営利のグローバルヘルス組織です。私たちは、官民パートナーシップを通じ、抗菌薬を必要とする人々のために抗菌薬および抗菌治療法を開発し、利用できるようにしています。私たちの活動は、カナダ、ドイツ、日本、モナコ、オランダ、スイス、英国、ジュネーブ州政府、欧州連合(EU)、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、グローバルヘルスEDCTP3、GSK、RIGHT財団、南アフリカ医学研究評議会(SAMRC)、ウェルカム財団からの支援で支えられています。GARDPは、GARDP財団という法人名でスイスで登録されています。https://gardp.org(日本語情報有り)

■国⽴健康危機管理研究機構 国⽴国際医療センター AMR臨床リファレンスセンター
AMR臨床リファレンスセンターは、薬剤耐性(AMR)対策アクションプランに基づく取り組みを行う目的で、厚生労働省の委託事業として2017年4月に設立されました。AMR対策アクションプランに基づき、医療従事者や国民向けの教育啓発活動に取り組み、研修会の実施、資材の作成やウェブサイトなどでの情報提供、e-learningによる学習機会の提供を行っています。また、医療施設内での感染症や感染対策、抗菌薬使用量などAMRに関連したサーベイランスのプラットフォームを構築し、サーベイランスを実施するとともに、地域連携を支援しています。AMRについて十分に解明されていないことも多くあり、より効果的なAMR対策を確立するための研究も進めています。

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