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【開催報告】第49回特別朝食会「薬剤耐性対策や研究開発推進の次の打ち手:インセンティブ型政策とは―CARB-Xの経験とグローバルヘルスにおける官民連携の可能性」(2022年9月21日)

この度、ケビン・アウターソン氏(CARB-X(Combating Antibiotic-Resistant Bacteria Biopharmaceutical Accelerator)エグゼクティブ・ディレクター)をお招きし、第49回特別朝食会を開催いたしました。

アウターソン氏には、CARB-Xエグゼクティブ・ディレクター及びボストン大学法学部教授としてのご経験をもとに、薬剤耐性対策や抗菌薬研究開発推進の次の打ち手とされるインセンティブ型政策についてお話をいただきました。また、日本政府が薬剤耐性対策や抗菌薬の研究開発を推進させるために必要な効果的かつ大胆な政策の打ち手についても議論を深めました。

なお、本特別朝食会は新型コロナウイルス感染症対策を鑑み、消毒の徹底や人の移動動線の管理、会場の人数制限等を行ったうえで開催いたしました。

 

<講演のポイント>

 

■AMRの現状 深刻な負担と増大する脅威

薬剤耐性は喫緊の健康危機である。2022年公開のGRAM(Global Research on Antimicrobial Resistance)レポートとして知られる研究によれば、2019年にはAMRが原因となって、世界中で127万人が命を落としている。この数はHIV/AIDS、マラリアによる死亡者数を上回っている。AMRに関連する死亡者数を含めると、さらにその数は増加し、495万人にもなる。

2050年にはAMRによる死亡者が1000万人にのぼり、その大半はアジアとアフリカで発生すると予測されている。一方、既にAMRに起因あるいは関連する死亡者数はG7各国でも多く、適切なAMR対策が実施されていれば、G7諸国をあわせて2019年だけで50万人の命を救うことが可能であったと考えられている(図1)。AMRは先進国と途上国に共通する地球規模課題ともいえるだろう。

しかもAMRは単なる感染症の問題にはとどまらず、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジやグローバルヘルスアーキテクチャ―の問題とも捉えなおせる。感染症は免疫力の低下している人々における死因の第2位であり、抗菌薬は世界で毎年1,000万人近くが受けるがん治療における免疫抑制の際にも欠かせない。また、手術後の合併症などを防ぐために、抗菌薬が外科的手術の際に投与されることも頻繁である。世界では出産する女性のうち約20%が帝王切開を経験しているが、帝王切開も外科的手術であり、同様の傾向がある。さらに、治療の副作用で免疫力が低下し、日和見感染症の予防を必要とする慢性疾患患者にとっても、抗菌薬は非常に重要である。つまり、効果的な抗菌薬がないということは、感染症による死亡者の増加を意味するだけでなく、同時に、標準的な医療ができなくなり、医療システム全体の弱体化に直結することをも意味する。

このような抗菌薬の高い必要性にも関わらず、抗菌薬に関するイノベーションは枯渇している。新規作用機序を持つ薬剤の研究開発は科学的に困難であり、科学的な困難さを乗り越えて開発した薬剤であっても、抗菌薬市場の経済性の低さが原因で、実際に製品化され販売に結びつくまでのハードルは高い。この10年間に、G7を含む高所得国15カ国において承認された抗菌薬は18品目あるが、日本ではそのうちわずか5品目しか上市・販売されていない。抗菌薬の研究開発における科学的な問題と抗菌薬市場の経済性の低さによって、抗菌薬を必要としている人に届かず、アクセスが阻害されているのだ。


■世界の
AMR対策と抗菌薬の研究開発におけるCARB-Xの役割

CARB-Xは薬剤耐性菌感染症の革新的な予防・診断・治療の開発初期段階を促進するための世界最大規模の官民パートナーシップである。ウェルカムトラストやビル&メリンダ ゲイツ財団、アメリカ、イギリス、ドイツ政府等からの支援を元に、2016年の設立以来、抗菌薬の研究開発等に約4億ドルを投資してきた。日本にも世界の抗菌薬の研究開発を支える取り組みに是非参加して欲しい。

CARB-Xでは、幅広く予防・診断・治療の3分野の研究開発事業を支援対象としている。2022年9月時点で進行中の事業をあわせて、現在まで合計92もの事業支援を継続してきた。特に治療薬への支援実績は多く、そのなかでも新規系統等の革新性を持つ製品や、罹患率ではなく死亡率の高い疾患に対する製品を優先してきた。実際に、CARB-Xの支援対象事業の多くが下気道感染症(LRI: lower respiratory infections)や菌血症(BSI: bloodstream infections)等の死亡率の高い疾患に関連している。

しかしながら、製品化に至るまでには長い道のりがある。今後10年間に6つの新しい治療薬の承認を目指すためには、10年ごとに200の前臨床開発が実施され、30の第Ⅰ相試験が開始されることが必要となる。そこで、CARB-Xは、特にリード化合物の創出(Hit to Lead)から第Ⅰ相臨床試験までのいわゆる開発初期段階の加速化を重視している。また、抗菌薬の持続可能性を保障するために、研究開発(イノベーション)のみならず、上市された製品のアクセスと適正使用(スチュワードシップ)の3点を重視している。2021年3月には、低所得国における抗菌薬のへのアクセス向上と適正使用の促進を目的として、新規抗菌薬の研究開発を主導する企業を対象とした “Stewardship &Access Plan (SAP) Development Guide”という手引書を作成した。


■日本の
AMR対策と抗菌薬の研究開発を推進させるために CARB-Xとの連携

日本はグローバルヘルス領域の取り組みを国際的に主導している。特に、UHCやグローバルヘルス・セキュリティ(GHS: Global Health Security)に関連する取り組み、GHIT Fund等を通じた研究開発への貢献は大きい。また、国内においてもAMRを優先度の高い政策上の課題として政府文書等で取り上げている。具体的には、医薬品産業ビジョン2021、令和4年度厚生労働科学研究費、グローバルヘルス戦略、経済財政運営と改革の基本方針2022(骨太方針2022)、新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画等でAMR対策の必要性が明記されている。

前述の通り、効果的な抗菌薬がないということは、感染症による死亡者の増加を意味するだけでなく、同時に、標準的な医療ができなくなり、医療システム全体の弱体化に直結することをも意味する。だからこそ、AMRは単なる感染症の問題にはとどまらず、UHCやグローバルヘルスアーキテクチャ―の問題とも捉えなおせるのだ。この認識に基づくと、日本がAMR対策を含む新興・再興感染症対策を主導する意義は深い。

さらに、日本は世界的に標準薬として使用されている多くの抗菌薬(メロペネム、ドリペネム、コリスチン、デラマニド等)を開発しており、抗菌薬の研究開発力と専門性をより高めることが可能である。実際に世界保健機関(WHO: World Health Organization)のパイプライン調査では、日本の前臨床抗菌薬プロジェクトの実施機関数は世界4位から6位に相当する。

しかしながら、CARB-Xの公募に対して日本からの応募(EOI: Expression of Interest)は少なく、世界全体からの応募総数の1%以下である。新たな選考プロセスを開始したので、今後は是非より積極的に応募されたい。

日本では特に第Ⅰ相と承認後の資金調達に課題があるように見えるため、研究開発を支援するプッシュ型インセンティブのさらなる強化も必要である。CARB-Xはリード化合物の創出(Hit to Lead)から第Ⅰ相臨床試験までのいわゆる開発初期段階を強力に支援しているので、補完的に活用していただきたい。また、CARB-X としては、AMEDが既に支援している研究プロジェクトの製品化も全面的に支援したい。研究開発及び承認後の全段階を通じて十分な資金が必要であり、資金の谷ともいうべき状況が発生すると、治療薬の承認数に影響が生じ、抗菌薬へのアクセスが阻害される。製品化のみならず、全世界における抗菌薬のアクセス改善にも変わらず貢献してきたい。

日本のAMR対策アクションプランが掲げているように、AMR対策は研究開発のみならず、国や組織を越えた連携も重要である。2022年G7ドイツエルマウサミットでは、保健大臣コミュニケでは、CARB-X、GARDP、SECURE等の組織及び取組に対する支援の重要性について言及された。CARB-Xとしても官民連携を通じて得た知識・スキル・リソースを共有しながら、コミュニケの実現を図りたい。日本とCARB-Xの連携も、研究開発、G7各国との協働、アジア太平洋地域における日本のリーダーシップの推進、AMR対策アクションプランの進展という点でシナジーがあるものと確信している。


■抗菌薬市場の構造的課題と国内外で求められるプル型インセンティブ

抗菌薬市場は悲惨な状況である。企業は、第Ⅲ相の新薬候補や既に承認された新薬候補をもっていても、経営に苦心している。過去10年間の抗菌薬の売上合計は1620万ドルにすぎず、2010年以降で多くの企業が破綻しており、既に投資家は35億ドル以上の損失を計上している。

抗菌薬市場の構造的課題を乗り越え、研究開発(イノベーション)のみならず、アクセスと適正使用(スチュワードシップ)を持続可能にするためには、プル型インセンティブという新しいビジネスモデルが必要である。プル型インセンティブとは、抗菌薬の「使用量(販売量)」と「売上げ(収益)」を切り離す(デリンクする)仕組みであり、切り離しの程度によって2種類の制度設計が想定される。1つは、サブスクリプションモデル(定期定額購買制度)である。政府が新規抗菌薬を最長10年にわたり定期的に買い上げる仕組みであり、完全に「使用量(販売量)」と「売上げ(収益)」が切り離される。世界が担うべき財源規模としては10年間に1剤あたり31億ドルが求められる。この世界的な仕組みの中で、「公平な分担(フェアシェア)」として日本が担うべき金額は1年間に1剤あたりおよそ3000万ドルである。常時3剤の新規抗菌薬が市場に存在すると仮定した場合、日本には年間9000万ドルが求められる。

もう1つの制度は収益保障制度である。サブスクリプションモデル(定期定額購買制度)と同様に、「公平な分担(フェアシェア)」の下で収入を保障する制度であるが、この制度では一定程度の収入は通常の販売によって賄われ、残りの額を政府が補填する。すなわち、収益保障制度では、政府は抗菌薬の1年あたりの最小限の収益を保証するが、企業は通常の事業による収益も得ることができるため、「使用量(販売量)」と「売上げ(収益)」は部分的にのみ切り離される。政府が直接担うすべき財源規模は10年間に製品あたり16億ドルとなり、サブスクリプションモデル(定期定額購買制度)と比較すると、収益保障制度は見かけ上の財源規模が小さい。しかし総合的に考えると、企業が事業として販売する抗菌薬、つまり医療現場で実際に用いられる分の抗菌薬の費用も社会が追加で担うすることになる。どちらの制度を通じてもプル型インセンティブは、グローバルヘルスアーキテクチャ―における新しいグローバルな関連機関を構築し、さらに抗菌薬の有効性を確保しつづけるという点でUHC達成を支援できる。

なお、プッシュ型インセンティブについて、仮にドイツ等、日本と同等の経済規模である国々と同じ程度の支援をCARB-Xに提供する場合、その支援額は年間1000万ドルに相当する。したがって、日本が抗菌薬研究開発の社会的な必要性に十分に応えるためには、追加投資はおおよそ1億ドルと見込まれ、その投資のうち90%はプル型インセンティブ推進に、10%はCARB-Xを通じたプッシュ型インセンティブ推進に用いられる。ただし、ここではGARDPやSECUREに関する支援の必要性については考慮していない。

プル型インセンティブについて、サブスクリプションモデル(定期定額購買制度)はイギリスで試行的に導入されており、収益保証制度はスウェーデンで導入されている。両制度は切り離しの程度が異なるが、市場の売上自体が小さい場合は、その違いは無視できる程度であると推定できる。むしろ、プル型インセンティブの導入においては、アンメットメディカルニーズの充足等に対する社会的な価値を評価し、なおかつアクセスと適正使用に対する支援を提供することが重要である。制度設計については、各国の医療保険制度や償還制度内と調和し、数十年以上機能する持続可能性を持つかどうかを重視する必要がある。各国が自国の制度設計と運用に対してリーダーシップを発揮して検討すべきである。プル型インセンティブの創設によって、プッシュ型インセンティブや創薬エコシステムが補完され、抗菌薬市場の構造的な課題を克服することができるのだ。

(写真:井澤 一憲)


 

■登壇者プロフィール

ケビン・アウターソン氏(CARB-Xエグゼクティブ・ディレクター)
抗菌薬の開発・使用にかかわるビジネスモデルの世界的第一人者。ボストン大学法学部教授兼健康・障害関連法N. Neil Pike研究教授。世界的な健康課題の解決に向けて活動する複数の学際的チームのリーダーとしても活躍している。抗生物質耐性菌による感染症治療のための抗菌・診断法の開発促進を目的とした研究助成を行うCARB-Xのエグゼクティブ・ディレクター兼研究代表者であり、「革新的医薬品イニシアティブ」(IMI)の助成を受けた多国籍官民共同研究プロジェクトDRIVE-ABにも共同研究者として参加している。

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